人物志 / 材理
剛略之人,不能理微;故其論大體則弘博而高遠,歷纖理則宕往而疏越。
新字:剛略之人,不能理微;故其論大体則弘博而高遠,歴繊理則宕往而疏越。
書き下し
剛略の人は、微を理むる能わず。故に其の大体を論ずれば則ち弘博にして高遠なるも、繊理を歴れば則ち宕往にして疏越す。
現代語訳
大まかで豪快な性質の人は、細かい機微を丁寧に扱うことができない。それゆえ、大局を論じさせれば、広く高い視野で見事に語るが、細かな理屈を扱わせると、話が逸れて粗雑になってしまう。
解説
大局観に優れた人ほど、細部を詰める作業を苦手とする傾向がある、という人物観察である。方針や構想を語らせると視野の広さに感心させられる一方で、実務の細かな詰めを任せると急に精度が落ちるという人は、身近にも思い当たるだろう。これは能力の優劣ではなく、得意な領域の違いにすぎない。大局を語る力と細部を詰める力を同じ人に両方求めるより、それぞれが得意な場面で力を発揮できる組み合わせを考えるほうが、物事はうまく進む。
この章句が説くこと
得意不得意大局観細部への弱さ
関連する章句
-
孟子・公孫丑章句下孟子、齊を去る。尹士、人に語りて曰く、「王の以て湯・武為る可からざるを識らざれば、則ち是れ不明なり。其の不可なるを識りて然も且つ至らば、則ち是れ澤を干むるなり。千里にして王に見え、遇わざるが故に去る。三宿にして而る後に晝を出づ。是れ何ぞ濡滯なるや。士は則ち茲に悅ばず。」高子以て告ぐ。曰く、「夫の尹士は惡くんぞ予を知らんや。千里にして王に見ゆるは、是れ予が欲する所なり。遇わざるが故に去るは、豈に予が欲する所ならんや。予、已むを得ざるなり。予、三宿して晝を出づるも、予が心に於いては猶ほ以て速かなりと為す。王、庶幾わくは之を改めよ。王如し諸を改めば、則ち必ず予を反さん。夫れ晝を出でて、而も王、予を追わざるなり。予然る後浩然として歸志有り。予然りと雖も、豈に王を舍てんや。王由ほ用て善を為すに足れり。王如し予を用いば、則ち豈に徒に齊の民安きのみならんや。天下の民舉な安からん。王庶幾は之を改めよ。予日々に之を望めり。予豈に是の小丈夫の若く然らんや。其の君を諫めて受けられざれば、則ち怒り、悻悻然として其の面に見れ、去れば則ち日の力を窮めて、而る後に宿せんや。」尹士之を聞きて曰く、「士は誠に小人なり。」
-
論語 憲問篇子曰わく、君子は器ならず。
-
言志四録・南洲手抄眼を著くること高ければ、則ち理を見ること岐せず。
-
孟子・離婁章句下子產、鄭國の政を聽き、其の乘輿を以て、人を溱洧に濟せり。孟子曰く、「惠なれども政を為すを知らず。歲の十一月には徒杠成り、十二月には輿梁成らば、民未だ渉るを病まざるなり。君子、其の政を平らかにせば、行きて人を辟けしむるも可なり。焉くんぞ人人にして之を濟すを得ん。故に政を為す者は、人每にして之を悅ばさんとせば、日も亦た足らず。」
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「不孝に三有り。後無きを大なりと為す。舜の告げずして娶るは、後無きが為なり。君子以て猶ほ告ぐるがごとしと為す。」
-
老子 第14章視れば見えず、名づけて微と曰う;聴けば聞こえず、名づけて希と曰う;搏けば得ず、名づけて微と曰う。此三者は、致詰む可からず、故に混じりて一と為す。その上は皦(あきらか)ならず、その下は昧(くら)からず、繆繞(めぐ)りて牖戶に入るも、その目に中らず。