言志四録 / 言志後録 第三十八条 一の字、積の字
一字。積字。甚可畏。善惡之幾。在初一念。善惡之熟。在積累後。
新字:一字。積字。甚可畏。善悪之幾。在初一念。善悪之熟。在積累後。
書き下し
一の字、積の字、甚だ畏るべし。善悪の幾は、初めの一念に在り。善悪の熟は、積累の後に在り。
現代語訳
「一」という字と「積」という字は、はなはだ畏るべきものである。善悪の分かれ目の兆しは、最初の一念にある。善悪が熟して形をなすのは、積み重ねたのちである。
解説
善悪の成り立ちを「一」と「積」の二字で捉えた一条です。「幾」は易で言う物事のかすかな兆しで、善に向かうか悪に向かうかは、最初に心がふと動いた一念のところで決まる。しかし、それが人格や行状として実を結ぶのは、同じ一念を何度も積み重ねたあとです。だから始まりの一念を慎み、同時に積み重ねの力を畏れよ、と一斎は言います。小さな手抜きも小さな善行も、一回ごとには目立ちませんが、積もれば取り返しのつかない差になります。易の坤卦文言伝「積善の家には必ず余慶有り」を思わせる言葉でもあります。日々の小さな選択が何を積み上げているのかを考えさせる一条です。
この章句が説くこと
一念積累善悪幾習慣
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