言志四録 / 言志後録 第二十九条 中の字最も認め叵し
中字最叵認。懦弱人認以爲中者。皆不及也氣魄人認以爲中者。皆過也。故君子之道鮮矣。
新字:中字最叵認。懦弱人認以為中者。皆不及也気魄人認以為中者。皆過也。故君子之道鮮矣。
書き下し
中の字最も認め叵し。懦弱の人の認めて以て中と為す者は、皆及ばざるなり。気魄の人の認めて以て中と為す者は、皆過ぐるなり。故に君子の道鮮し。
現代語訳
「中」という字ほど見きわめにくいものはない。気の弱い人が中だと思っているものは、みな足りないのである。気迫の強い人が中だと思っているものは、みな行き過ぎである。だから君子の道(を体得する者)は少ないのである。
解説
「中」、つまり過不足のないちょうどよさは、儒学で最も尊ばれる徳の一つですが、一斎はそれを見きわめるのが最も難しいと言います。気の弱い人が中庸だと思う所は実は足りず、気迫のある人が中庸だと思う所は実は行き過ぎている。人は自分の気質を基準に「ちょうどよい」を決めてしまう、という指摘です。結びの「故に君子の道鮮し」は、『易経』繋辞上伝で、仁者も知者もそれぞれの見方で道を捉え、全体を知る者が少ないことを嘆いた言葉です。次の条でも同じ主題が続きます。自分では穏当だと思う判断が、控えめすぎたり強引すぎたりしていないか。自分の気質の癖を知ることが、中に近づく第一歩になるのかもしれません。
この章句が説くこと
中庸気質過不及判断自己認識
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