酔古堂剣掃 / 集法・利害得失の會
是非邪正之交,少遷就則失從違之正;利害得失之會,太分明則起趨避之嫌。
新字:是非邪正之交,少遷就則失従違之正;利害得失之会,太分明則起趨避之嫌。
書き下し
是非邪正の交はりは、少しく遷就すれば則ち從違の正を失ふ。利害得失の會は、太だ分明なれば則ち趨避の嫌ひを起こす。
現代語訳
是と非、邪と正がぶつかり合う場面では、少しでも妥協すれば、従うか背くかの正しさを失います。利と害、得と失が出会う場面では、あまりにはっきりさせすぎると、利に走り害を避けているという疑いを招きます。
解説
善悪の場面と損得の場面とで、態度を変えよと説いた一則で、菜根譚にもほぼ同じ句があります。遷就は、相手に合わせて自分の立場を曲げることです。善悪の問題では、少しの妥協も筋を失わせるので、はっきりと立場を取るべきだと言います。一方、損得の問題では、あまりに細かく線を引くと、自分の利益ばかり追う人だと思われます。趨避は利に趨り害を避けることです。原則には厳しく、利害には鷹揚に。この使い分けができる人は、信頼と人望の両方を得られるでしょう。
この章句が説くこと
処世節操利害判断中庸
関連する章句
-
孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。
-
孫子・九変篇是の故に智者の慮は、必ず利害に雑う。利に雑えて務め信なる可きなり。害に雑えて患い解く可きなり。
-
孫子・九変篇将に五危有り。必死は殺すべきなり。必生は虜にすべきなり。忿速は侮るべきなり。廉潔は辱むべきなり。愛民は煩わすべきなり。
-
『墨子』貴義子墨子曰く、凡そ言、凡そ動、天鬼百姓に利ある者は之を為し、凡そ言、凡そ動、天鬼百姓に害ある者は之を舍く。凡そ言、凡そ動、三代の聖王堯・舜・禹・湯・文・武に合う者は之を為し、凡そ言、凡そ動、三代の暴王桀・紂・幽・厲に合う者は之を舍く。
-
『鬼谷子』忤合篇世に常に貴きは無く、事に常の師は無し。聖人は常に與する無く、與せざる無く、聽く所として聽かざる無し。事に成りて計謀に合すれば、之と主を爲す。彼に合すれば此に離る。計謀は兩つながら忠ならず。必ず反忤有り。是に反すれば、彼に忤らい、此に忤らえば、彼に反す。其の術なり。
-
『長短経』忠疑邾の故は、甲裳を為るに帛を以てす〔帛を以て綴る〕。公息忌、邾の君に謂いて曰く「組を以てするに若かず」と。邾君曰く「善し」と。令を下し、官をして甲を為るに必ず組を以てせしむ。公息忌因りて其の家をして皆組を為らしむ。人に之を傷る者有りて曰く「公息忌の組を用いんと欲する所以の者は、其の家の甲裳を為ること多く組を為ればなり」と〔傷は敗なり〕。邾君悦ばず。是に於て止め、組を以てすること無し。邾君尤むる所有るなり。邾の故は甲を為るに組を以てして便ならば、公息忌多く組を為ると雖も、何ぞ傷らん。組を以てして便ならずんば、公息忌以て組を為ること無しと雖も、亦た何の益かあらん。組と為すと組と為さざるとは、以て公息忌の説を累するに足らざるなり〔累は辱なり〕。凡そ言を聴くは察せざるべからず。