言志四録 / 言志録 第二百三十三条 子弟の教育は天に事ふる職分
能敎育子弟。非一家之私事。是事君之公事也。非事君之公事。是事天之職分也。
新字:能教育子弟。非一家之私事。是事君之公事也。非事君之公事。是事天之職分也。
書き下し
能く子弟を教育するは、一家の私事に非ず、是れ君に事ふるの公事なり。君に事ふるの公事に非ず、是れ天に事ふるの職分なり。
現代語訳
子弟をよく教育することは、一家の私的な事柄ではなく、主君に仕える公の務めである。いや、主君に仕える公の務めというよりも、天に仕える者としての本分である。
解説
子どもや若者を育てることを、一斎は三段に引き上げて位置づけます。家の跡継ぎを育てるという私事ではなく、主君と国に人材を送り出す公事であり、さらに言えば天から与えられた職分だというのです。「非ず」を重ねて段を上げていく言い回しに、教育を軽く見るなという強い意志が込められています。昌平坂学問所で多くの門人を育て、諸藩の人材を送り出した一斎自身の自負もうかがえます。職場で後輩を育てることは、目の前の業務の外にある余計な仕事と見られがちです。それを組織のため、さらには社会のための務めとして見直したとき、関わり方がどう変わるかを考えさせられます。
この章句が説くこと
教育人材育成公私天職職分
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