言志四録 / 言志録 第二百三十一条 一の厚の字
坤厚載物。人當體之。哀喪敬祭。亦自一厚字裏面出來。
新字:坤厚載物。人当体之。哀喪敬祭。亦自一厚字裏面出来。
書き下し
坤は厚くして物を載す。人当に之を体すべし。喪に哀しみ祭に敬するも、亦一の厚の字の裏面より出で来る。
現代語訳
大地(坤)は厚く、万物をその上に載せている。人はこれを身に体して手本とすべきである。喪に際して悲しみ、祭りに際して敬うことも、やはりこの一つの「厚」という字の内側から出てくるものである。
解説
『易経』坤卦の彖伝に「坤は厚くして物を載せ、徳は疆り无きに合す」とあり、象伝には「君子以て徳を厚くして物を載す」とあります。大地が何もかもを黙って支えるように、人も厚みのある徳で人や物事を受け止めよ、というのが一斎の読みです。そのうえで、親を亡くして悲しみ、祖先を祭って敬う心も、この「厚」から出ると言います。『論語』学而篇の「終りを慎み遠きを追へば、民の徳厚きに帰す」と響き合う考えです。薄情か厚情かは、損得の場面より、別れや追憶の場面によく表れるのかもしれません。人を支える側に立つとき、自分の器にどれだけの厚みがあるかを思わせる言葉です。
この章句が説くこと
厚徳易喪祭敬包容力
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