説苑 / 雜言
東郭子惠問於子貢曰:「夫子之門何其雜也?」子貢曰:「夫隱括之旁多枉木,良醫之門多疾人,砥礪之旁多頑鈍。夫子脩道以俟天下,來者不止,是以雜也。詩云:『苑彼柳斯,鳴蜩●●;有漼者淵,莞葦淠淠。』言大者之旁,無所不容。」
新字:東郭子恵問於子貢曰:「夫子之門何其雑也?」子貢曰:「夫隠括之旁多枉木,良医之門多疾人,砥礪之旁多頑鈍。夫子脩道以俟天下,来者不止,是以雑也。詩云:『苑彼柳斯,鳴蜩●●;有漼者淵,莞葦淠淠。』言大者之旁,無所不容。」
書き下し
東郭子惠、子貢に問いて曰く、「夫子の門は何ぞ其れ雑なるや」と。子貢曰く、「夫れ隱括の旁には枉木多く、良医の門には疾人多く、砥礪の旁には頑鈍多し。夫子は道を脩めて以て天下を俟つ、来る者止まず、是を以て雑なるなり。詩に云う、『苑たる彼の柳斯、鳴く蜩●●。漼たる有る淵、莞葦淠淠たり』と。大なる者の旁は、容れざる所無きを言うなり」と。
現代語訳
東郭子惠が子貢に尋ねた。「先生(孔子)の門下はどうしてあんなに雑多な人が集まっているのですか」と。子貢は答えた。「そもそも、木の曲がりを直す矯正具のそばには曲がった木が多く集まり、名医の門には病人が多く集まり、砥石のそばには鈍った刃物が多く集まるものです。先生は道を修めて天下からの来訪を待っておられ、来る者を拒みません。だからこそ雑多に見えるのです。詩経に『生い茂るあの柳のもとで、蝉が盛んに鳴いている。深く水をたたえた淵のほとりに、あしやよしが青々と茂っている』とあります。これは大いなる存在のそばには、あらゆるものを受け入れる余地があることを言っているのです」と。
解説
曲がった木・病人・鈍った刃物が矯正具・名医・砥石のもとに自然と集まるように、真に力量のある指導者や場所には、むしろ課題を抱えた者や未熟な者ほど多く集まってくるものだと子貢は説く。現代の組織や教育の現場でも、優れたリーダーや師のもとには、完成された人材だけでなく、むしろ伸びしろのある未熟な人材が数多く集まる。この章の教訓は、門下や組織の雑多さ・玉石混交ぶりを弱点と見るのではなく、それこそが真に開かれた力量の証であると捉え直す視点にあり、受け入れる器の大きさそのものが指導者の価値を物語るという逆説を教えている。
この章句が説くこと
包容力矯正器の大きさ
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