言志四録 / 言志録 第二百十四条 一点の灯火闇室を照破す
深夜獨坐闇室。群動皆息。形影倶泯。於是反觀。但覺方寸內有烱然自照者。恰如一點燈火。照破闇室。認得此正是我神光靈昭本體。性命卽此物。道德卽此物。至於中和位育。亦只是此物光輝充塞宇宙處。
新字:深夜独坐闇室。群動皆息。形影倶泯。於是反観。但覚方寸内有烱然自照者。恰如一点灯火。照破闇室。認得此正是我神光霊昭本体。性命即此物。道徳即此物。至於中和位育。亦只是此物光輝充塞宇宙処。
書き下し
深夜闇室に独坐すれば、群動皆息み、形影倶に泯ぶ。是に於て反観すれば、但だ覚ゆ、方寸の内に烱然として自ら照らす者有り、恰も一点の灯火の闇室を照破するが如きを。認め得たり、此れ正に是れ我が神光霊昭の本体なることを。性命も即ち此の物、道徳も即ち此の物、中和位育に至るも、亦只是れ此の物の光輝の宇宙に充塞する処なり。
現代語訳
深夜、暗い部屋に一人で座っていると、あらゆる物音や動きがすっかり止み、自分の姿も影も消え失せる。そこで心の内を振り返ってみると、ただ胸の内に明々と自ら照らしているものがあるのを感じる。それはちょうど一点のともしびが暗い部屋を照らし破るかのようである。これこそまさに自分の霊妙に明るい心の本体なのだと気づく。天から受けた性命もこれであり、道徳もこれであり、(『中庸』にいう)中和を極めて天地が位置を得、万物が育つということも、ただこのものの輝きが宇宙に満ちあふれたところにほかならない。
解説
深夜の静坐の体験を描いた、『言志録』の中でも印象深い一条です。物音が絶え、自分の姿さえ闇に消えたとき、胸の内に一点の灯火のように自ら照らすものがある。一斎はそれを心の本体、「神光霊昭」と呼びます。性命も道徳もこの光であり、『中庸』のいう「中和を致せば天地位し万物育す」も、この光が宇宙に満ちた姿にほかならないというのです。朱子学の静坐と、陽明学の良知の体認が重なり合う境地といえるでしょう。外の情報や雑音が絶えた時間にこそ、自分の内にある判断の拠りどころが見えてくる。静かに一人で考える時間を持つことの意味を、あらためて考えさせる一条です。
この章句が説くこと
静坐心の本体良知内省中和
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集法・靜坐して然る後に氣の浮けるを知る靜坐して然る後に平日の氣の浮けるを知り、默を守りて然る後に平日の言の躁がしきを知り、事を省きて然る後に平日の閑を貴ぶを知り、戶を閉ぢて然る後に平日の交はりの濫りなるを知り、欲を寡なくして然る後に平日の病ひの多きを知り、情に近づきて然る後に平日の念の刻なるを知る。
-
言志四録・言志後録 第八条 往時の経歴を追思す人は当に往時経歴の事迹を追思すべし。某年為す所、孰れか是れ当否、孰れか是れ生熟。某年謀る所、孰れか是れ穏妥、孰れか是れ過差。此を以て将来の鑑戒と為して可なり。然らずんば、徒爾に汲汲営営として、前途を算へ、来日を計るも、亦何の益か之れ有らん。又尤も当に幼穉の時の事を憶ひ起こすべし。父母鞠育乳哺の恩、顧復懐抱の労、撫摩憫恤の厚き、訓戒督責の切なる、凡そ其の艱苦して我を長養せし所以の者、悉く以て之を追思せざる無くんば、則ち今の自ら吾が身を愛して、肯へて自ら軽んぜざる所以の者も、亦宜しく至らざる所無かるべし。
-
尚書・無逸小人汝を怨み汝を詈らば、則ち皇に自ら德を敬しめ。
-
葉隠・聞書第一浪人の身にて、上を怨み候事〔あり〕。何某(なにがし)浪人、内実(ないじつ)に非を知りて崩す。前方(ぜんぽう)仰付(おおせつけ)御断(おことわ)り、二度目に御請誓詞(おうけせいし)の事。同筋(どうすじ)にて浪人の事。斯様(かよう)の我が非を存ぜざる間(あいだ)は、帰参有るまじき事。今にも御情(おなさけ)無きの、誰がにくい者などと計(ばか)り、胸をこがし候て、なお天道(てんとう)の悪(にく)みを受くるなり。何某の評判に、御罰(おばち)よと申されたるとなり。人がのがれぬなり。罪一人に有りと思い返され候え。
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「君子の人に異なる所以の者は、其の心を存するを以てなり。君子は仁を以て心を存し、禮を以て心を存す。仁者は人を愛し、禮有る者は人を敬す。人を愛する者は、人恒に之を愛し、人を敬する者は、人恒に之を敬す。此に人有り、其の我を待つに横逆を以てすれば、則ち君子必ず自ら反するなり。『我必ず不仁ならん、必ず禮無からん。此の物奚ぞ宜しく至るべけんや。』と。其の自ら反して仁なり。自ら反して禮有り。其の橫逆由ほ是のごとくなるや、君子必ず自ら反するなり。『我必ず不忠ならん。』と。自ら反して忠なり。其の橫逆由ほ是のごとくなるや、君子曰く、『此れ亦た妄人なるのみ。此の如くんば、則ち禽獸と奚ぞ擇ばんや。禽獸に於いて又何ぞ難ぜん。』是の故に、君子には終身の憂い有るも、一朝の患い無きなり。乃ち憂うる所の若きは則ち之れ有り。『舜も人なり、我も亦た人なり。舜は法を天下に為し、後世に傳う可し。我は由ほ未だ鄉人為るを免れざるなり。』是は則ち憂う可きなり。之を憂えば如何にせん。舜の如くせんのみ。夫の君子の若きは、患いとする所は則ち亡し。仁に非ざれば為す無きなり。禮に非ざれば行う無きなり。一朝の患い有るが如きは、則ち君子は患いとせず。」
-
尚書・冏命愆ちを繩し謬りを糾し、其の非心を格す。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る