言志四録 / 言志録 第二百七条 形質相似れば気性相類す
形質相似者。氣性亦相類。人與物皆然。
新字:形質相似者。気性亦相類。人与物皆然。
書き下し
形質の相似たる者は、気性も亦相類す。人と物と皆然り。
現代語訳
形や体つきが似ている者は、気質や性質もまた似ている。人も物もみなそうである。
解説
外に現れた形と、内にある気質とは連動しているという観察を述べた短い一条です。宋学では、人も物も気が集まってできており、その集まり方によって形も性質も決まると考えました。形が似ていれば気の構成も近く、気性も似てくる、というのは気の思想からの自然な帰結です。親子や兄弟の顔立ちと気性が似るのも、同じ種類の生き物がよく似た習性を持つのも、その例でしょう。ただ、次の条で一斎は人相見の術を君子のなすべきことではないと退けており、外見から人を決めつけることには慎重でした。見た目の印象と人柄との関係を、どこまで信じてよいのかを考えるきっかけになる言葉です。
この章句が説くこと
気質形と性人を見る目気
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