言志四録 / 言志録 第百十一条 欲も亦善悪有り
人身之生氣。乃地氣之精也。故生物必有欲。地兼善惡。故欲亦有善惡。
新字:人身之生気。乃地気之精也。故生物必有欲。地兼善悪。故欲亦有善悪。
書き下し
人身の生気は、乃ち地気の精なり。故に生物は必ず欲有り。地は善悪を兼ぬ。故に欲も亦善悪有り。
現代語訳
人の身体の生気は、地の気の精髄である。だから生き物には必ず欲がある。地は善と悪とを兼ねている。だから欲にもまた善と悪とがある。
解説
前条の欲論と、さらに前の「軀殻は地に受く」「地は善悪を兼ぬ」とを結びつけて要約した短い一条です。生気は地の気の精であり、欲はその生気の現れである。地が善悪を兼ねるのだから、欲もまた善にも悪にもなりうる、という筋道です。欲そのものを悪と決めつけず、その向かう先と度合いによって善にも悪にもなると見るところに、一斎の人間観の穏やかさがあります。朱子学では天理と人欲を対立させて説くことが多いのですが、一斎はそれをやわらげ、陽明学にも通じる柔軟さを見せています。欲や利害を否定するより、それをどう扱うかを問う姿勢は、人を動かす立場の人にも参考になります。
この章句が説くこと
欲生気善悪天理人欲地気
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