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言志四録 / 言志録 第百十条 欲は人身の生気

人不能無欲。欲能爲惡。天既賦人以性之善者。而又必溷之以欲之惡者。天何不使人初無欲。欲果何用也。余謂欲者。人身之生氣。膏脂精液之所蒸也。有此而生。無此而死。人身欲氣四暢。由九竅毛孔而漏出。因使軀殼熾其願。所以流於惡也。凡生物不能無欲。唯聖人用其欲於善處耳。孟子曰。可欲之謂善。孔子曰。從心所欲。舜曰。俾予從欲以治。皆就善處言之。

新字:人不能無欲。欲能為悪。天既賦人以性之善者。而又必溷之以欲之悪者。天何不使人初無欲。欲果何用也。余謂欲者。人身之生気。膏脂精液之所蒸也。有此而生。無此而死。人身欲気四暢。由九竅毛孔而漏出。因使躯殼熾其願。所以流於悪也。凡生物不能無欲。唯聖人用其欲於善処耳。孟子曰。可欲之謂善。孔子曰。従心所欲。舜曰。俾予従欲以治。皆就善処言之。

書き下し

人は欲無きこと能はず。欲は能く悪を為す。天既に人に賦するに性の善なる者を以てして、又必ず之を溷すに欲の悪なる者を以てす。天何ぞ人をして初めより欲無からしめざる。欲は果して何の用ぞや。余謂ふ、欲なる者は、人身の生気、膏脂精液の蒸す所なり。此れ有りて生き、此れ無くして死す。人身の欲気四暢し、九竅毛孔に由りて漏出す。因りて軀殻をして其の願ひを熾んならしむ。悪に流るる所以なり。凡そ生物は欲無きこと能はず。唯だ聖人のみ其の欲を善処に用ふるのみ。孟子曰く、「欲すべき之を善と謂ふ」と。孔子曰く、「心の欲する所に従ふ」と。舜曰く、「予をして欲に従ひて以て治めしむ」と。皆善処に就きて之を言ふ。

現代語訳

人は欲をなくすことはできない。そして欲は悪をなしうる。天は人に善なる本性を授けておきながら、そのうえ必ず悪をなしうる欲でそれを濁らせている。天はなぜ人をはじめから欲のないものにしなかったのか。欲とはいったい何の役に立つのか。私はこう考える。欲とは人の身体の生気であり、体内の脂や精液が蒸発して生じるものである。これがあるから人は生き、これがなければ死ぬ。人の身体の欲の気は四方に伸び広がり、九つの穴(目・耳・鼻・口などの穴)や毛穴から漏れ出る。そのために身体がその願いを盛んにさせ、これが悪に流れる原因となる。およそ生き物で欲をもたないものはない。ただ聖人だけが、その欲を善いところに用いるのである。孟子は「欲するに値するもの、それを善という」と言い、孔子は「心の欲するところに従う(それでいて道を外れない)」と言い、舜は「私に欲するままに天下を治めさせよ」と言った。これらはみな、欲を善いところに用いることについて言ったものである。

解説

「天はなぜ人に欲を与えたのか」という根本の問いに、一斎が自ら答えた一条です。欲は身体の生気そのものであり、これがなければ人は死ぬ、と一斎は言います。欲をなくすことはできず、なくすべきでもない。問題は欲が外に漏れ出て身体の願いを燃え上がらせるときに悪へ流れることであり、聖人は欲を持たないのではなく善いところに用いるのだというのです。孟子の「欲すべき之を善と謂ふ」、孔子の「心の欲する所に従ひて矩を踰えず」、『書経』の舜の言葉を並べ、欲の肯定面を示しています。意欲や野心を抑え込むのでなく、どこに向けるかを考えることが、働く人にとっての課題なのかもしれません。

この章句が説くこと

欲生気性善克己聖人

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