言志四録 / 言志録 第一条 傀儡の戯
凡天地間事。古徃今來。陰陽晝夜。日月代明。四時錯行。其數皆前定。至於人富貴貧賤。死生壽殀。利害榮辱。聚散離合。莫非一定之數。殊未之前知耳。譬猶傀儡之戲。機關已具。而觀者不知也。世人不悟其如此。以爲己之知力足恃。而終身役役。東索西求。遂悴勞以斃。斯亦惑之甚。文化癸酉五月念六日錄
新字:凡天地間事。古往今来。陰陽昼夜。日月代明。四時錯行。其数皆前定。至於人富貴貧賤。死生寿殀。利害栄辱。聚散離合。莫非一定之数。殊未之前知耳。譬猶傀儡之戯。機関已具。而観者不知也。世人不悟其如此。以為己之知力足恃。而終身役役。東索西求。遂悴労以斃。斯亦惑之甚。文化癸酉五月念六日録
書き下し
凡そ天地間の事は、古往今来、陰陽昼夜、日月代る明らかに、四時錯り行く、其の数皆前に定まれり。人の富貴貧賤、死生寿殀、利害栄辱、聚散離合に至るまで、一定の数に非ざるは莫し。殊に未だ之を前知せざるのみ。譬へば猶ほ傀儡の戯のごとし。機関已に具はれども、観る者知らざるなり。世人其の此くの如きを悟らず、以て己の知力恃むに足ると為し、而して終身役役として、東に索め西に求め、遂に悴労して以て斃る。斯れ亦惑ひの甚しきなり。(文化癸酉五月念六日録す)
現代語訳
およそ天地の間の事柄は、昔から今に至るまで、陰陽の交代も昼夜の移り変わりも、太陽と月が代わる代わる照らすことも、四季が入れ替わりながらめぐることも、その巡り合わせ(数)はすべてあらかじめ定まっている。人の富貴と貧賤、生と死、長命と短命、利と害、栄誉と恥辱、集まることと散ること、出会いと別れに至るまで、定まった巡り合わせでないものはない。ただ人がそれを前もって知らないだけである。たとえば操り人形の芝居のようなもので、仕掛けはすでに整っているのに、見物人はそれを知らない。世の人はこのことを悟らず、自分の知恵や力が頼りになると思い込み、一生あくせくと東に探し西に求め、ついには疲れ果てて倒れてしまう。これもまた惑いのはなはだしいものである。(文化十年〈一八一三〉五月二十六日に記す)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・梁惠王章句下魯の平公將に出でんとす。嬖人臧倉なる者請うて曰く、「他日、君出づれば、則ち必ず有司に之く所を命ず。今、輿に乘り已に駕す。有司未だ之く所を知らず。敢て請う。」公曰く、「將に孟子を見んとす。」曰く、「何ぞや。君の為す所、身を輕んじて以て匹夫に先だつとは。以て賢と為すか。禮義は賢者由り出づ。而るに孟子の後喪は前喪に踰えたり。君、見る無かれ。」公曰く、「諾。」樂正子、入り見えて曰く、「君、奚為れぞ孟軻を見ざるや。」曰く、「或ひと寡人に告げて曰く、『孟子の後喪は前喪を踰えたり。』是を以て往きて見ざるなり。」曰く、「何ぞや。君の所謂踰ゆとは。前には士を以てし、後には大夫を以てし、前には三鼎を以てし、後には五鼎を以てしたるか。」曰く、「否。棺槨衣衾の美を謂うなり。」曰く、「所謂踰ゆるには非ざるなり。貧富同じからざればなり。」樂正子、孟子に見えて曰く、「克、君に告ぐ。君、來たり見んと為す。嬖人に臧倉なる者有り、君を沮む。君是を以て來たることを果たさざるなり。」曰く、「行くも之を使しむる或り、止まるも之を尼むる或り。行止は人の能くする所に非ざるなり。吾の魯侯に遇わざるは、天なり。臧氏の子、焉ぞ能く予をして遇わしめざらんや。」
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孔子家語・五儀解哀公孔子に問いて曰く、「夫れ国家の存亡禍福は、信に天命有りて、唯だ人のみに非ざるか。」孔子対えて曰く、「存亡禍福は、皆己のみ。天災地妖は、加うる能わざるなり。」公曰く、「善いかな。吾子の言、豈に其の事有るか。」孔子曰く、「昔者殷王帝辛の世、雀の大鳥を城隅に生む有り。之を占いて曰く、『凡そ小を以て大を生ずれば、則ち国家必ず王として名必ず昌んならん』と。是に於て帝辛雀の徳を介として、国政を修めず、亢暴極まり無く、朝臣救うこと莫く、外寇乃ち至りて、殷国以て亡ぶ。此れ即ち己を以て天時に逆らい、福を詭りて反りて禍と為す者なり。又其の先世殷王太戊の時、道缺け法圮れ、以て夭櫱・桑穀朝に致し、七日にして大いに拱す。之を占う者曰く、『桑穀は野木にして朝に合生せず、意者国亡びんか』と。太戊恐駭し、身を側めて行を修め、先王の政を思い、養民の道を明らかにす。三年の後、遠方義を慕いて重訳して至る者、十有六国。此れ即ち己を以て天時に逆らい、禍を得て福と為す者なり。故に天災地妖は、人主を儆む所以の者なり。寤夢征怪は、人臣を儆む所以の者なり。災妖は善政に勝たず、寤夢は善行に勝たず。能く此を知る者は、至治の極なり。唯だ明王のみ此に達す。」公曰く、「寡人鄙固此くの如きに、亦た君子の教を聞くを得ざりしなり。」
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