学則 / 跋
徂徠先生作學則。蓋志學者。乃欲超然之古之道乎。則使人知所由。元啓不佞。雖未能窺先生宮室之美。忝在門牆之末。亦得與受而誦之。乃不敢私。刊傳之同志。其書五篇偶且所錄。亦先生與人論學者。附以刻云。
新字:徂徠先生作学則。蓋志学者。乃欲超然之古之道乎。則使人知所由。元啓不佞。雖未能窺先生宮室之美。忝在門牆之末。亦得与受而誦之。乃不敢私。刊伝之同志。其書五篇偶且所録。亦先生与人論学者。附以刻云。
書き下し
徂徠先生学則を作る。蓋し学に志す者、乃ち超然として古の道に之かんと欲するか、則ち人をして由る所を知らしむ。元啓不佞、未だ先生の宮室の美を窺ふこと能はずと雖も、忝くも門牆の末に在り、亦た与り受けて之を誦するを得たり。乃ち敢へて私せず、刊して之を同志に伝ふ。其の書五篇、偶〻且つ録する所も、亦た先生の人と学を論ずる者なれば、附して以て刻すと云ふ。
現代語訳
徂徠先生は『学則』を著された。思うに、学問に志す者が、世俗を超え出て古の道へ向かおうと望むなら、この書はその人に拠って進むべき道を知らせるものである。私、元啓は不肖の身で、まだ先生の学問の奥深い美しさをうかがい知ることはできないが、かたじけなくも門下の末席に連なり、この書を授かって読誦することができた。そこで自分だけのものにせず、刊行して同志に伝える。書簡五篇は、たまたま書き留めておいたものであるが、これも先生が人と学問を論じたものなので、付録として一緒に刻したのである。
解説
『学則』の巻末に門人の滕元啓が記した跋である。学に志す者が世俗を超えて古の道へ向かおうとするなら、この書がその道筋を示すという。自分はまだ先生の学問の奥深さをうかがい知れないが、門下の末席でこの書を授かったので、独り占めせず刊行して同志に伝えると述べ、先生が人と学問を論じた書簡も付録したと記す。『論語』で子貢が孔子の学を高い塀の内の宮室にたとえた言葉を踏まえた謙辞である。良い教えを自分だけのものにせず仲間に開くことは、学ぶ共同体を育てる第一歩である。
この章句が説くこと
学則門人学問道同志荻生徂徠
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