学則 / 答安澹泊書
如禮者。經所言皆禮樂之禮。程朱以爲性。仁齋以爲德。豈非强乎。六經之言。本自平穩。故聖人之道。萬世可行。至於宋儒。則務爲新奇之說。以强人之所不能焉。要之昌黎好議論。務言理。其風至宋益盛。程朱二公生于其世。習以爲常。不知求諸事與辭。亦不自覺其與古背馳耳。上之所言。皆宋儒之說。且擧其綱要者。亦萬分之一。其它紕繆不可枚擧焉。不佞直據經文。以事與辭證之。不復須訓注故其所見與隨筆時時大有逕庭也。
新字:如礼者。経所言皆礼楽之礼。程朱以為性。仁斎以為徳。豈非強乎。六経之言。本自平穏。故聖人之道。万世可行。至於宋儒。則務為新奇之説。以強人之所不能焉。要之昌黎好議論。務言理。其風至宋益盛。程朱二公生于其世。習以為常。不知求諸事与辞。亦不自覚其与古背馳耳。上之所言。皆宋儒之説。且挙其綱要者。亦万分之一。其它紕繆不可枚挙焉。不佞直拠経文。以事与辞証之。不復須訓注故其所見与随筆時時大有逕庭也。
書き下し
礼の如きは、経の言ふ所皆礼楽の礼なり。程朱は以て性と為し、仁斎は以て徳と為す。豈に強ふるに非ずや。六経の言は本と自ら平穏なり。故に聖人の道は万世行ふべし。宋儒に至りては、則ち務めて新奇の説を為し、以て人の能はざる所を強ふ。之を要するに、昌黎は議論を好み、務めて理を言ふ。其の風宋に至りて益〻盛んなり。程朱二公其の世に生まれ、習ひて以て常と為し、諸を事と辞とに求むるを知らず、亦た自ら其の古と背馳するを覚えざるのみ。上に言ふ所は皆宋儒の説にして、且つ其の綱要なる者を挙ぐるも、亦た万分の一なり。其の它の紕繆は枚挙すべからず。不佞直ちに経文に拠り、事と辞とを以て之を証し、復た訓注を須ゐず。故に其の見る所、随筆と時時大いに逕庭有るなり。
現代語訳
礼について言えば、経書で言っているのはすべて礼楽の礼です。それを程子・朱子は「性」とし、伊藤仁斎は「徳」としました。無理なこじつけではありませんか。六経の言葉は、もともと穏やかで平明なものです。だからこそ聖人の道は万世にわたって行うことができるのです。宋儒に至っては、ことさら新奇な説を立てて、人にできないことを無理強いしました。要するに、韓昌黎(韓愈)は議論を好み、ことさら理を語りました。その気風は宋代になってますます盛んになりました。程子・朱子の二公はその時代に生まれ、それに慣れて当たり前と思い、事実と言葉に求めることを知らず、自分が古から背き離れていることにも気づかなかったのです。以上述べたのはみな宋儒の説で、その大要を挙げたにすぎず、それでも一万分の一です。そのほかの誤りは数え上げることができません。私はじかに経文に拠り、事実と言葉によってそれを証明し、もはや注釈を必要としません。ですから私の見解は、『随筆』を書いた頃とはしばしば大きく隔たっているのです。
解説
この章句が説くこと
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『学則』答安澹泊書大氏孔子の時の学問は、専ら力を礼に用ふ。而るに宋儒は爾らず。其の主張する所の理気の説は、六経に之無し。唯だ易に形而上下の言有り。然れども所謂器なる者は、亦た器を制し器を尚び器を蔵するの器なり。本文証すべし。豈に気の謂ならんや。天理人欲は楽記に出づれども、人欲を去りて以て之を尽くすとは言はず。夫れ人欲浄尽は、豈に人の能く為す所ならんや。克己の己を己私と為す。然れども六経に此の例無し。且つ下文の由己は、乃ち人己の己なり。孔子一時の言、豈に是くの若く乖張せんや。
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『学則』答安澹泊書大氏漢儒の注は、亦た紕繆有りと雖も、孔子の時を距つること未だ甚だ遠からず。其の説皆七十子の門人の相伝授する者より出づ。宋儒の時の如きは、則ち世を歴ること弥〻久し。且つ昌黎の陳言を去りしより、古辞の世に伝はらざる者久し。皆今言を以て古言を視、且つ古文の体勢を識らず。是を以て穿鑿甚だ多し。又た礼に疎し。濮議の如き、諸儒聚訟し、程朱二公と雖も明辨有る莫し。今諸を儀礼に求むれば、多言を竢たず、本と自ら了了たり。又た家礼の神主の制の如き、長さ尺有二寸、十二月に象る。凡そ礼に十二を用ふるは、唯だ天子のみ然りと為す。四代を祭るは、唯だ諸侯のみ然りと為す。伊川乃ち諸を庶人に用ふ。豈に僭に非ずや。
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『学則』答安澹泊書然れども六経残欠し、其の得て識るべからざる者も、亦た復た鮮なからず。君子其の知らざる所に於ては蓋し闕如たり。豈に以て恥と為すに足らんや。而るに宋儒は句ごとに之が解を為り、字ごとに之が詁を為る。是れ其の知らざる所を強ひて以て知ると為す者なり。其の謬り亦た宜ならずや。不佞は則ち以為へらく、道の大なる、豈に庸劣の能く知る所ならんや。聖人の心は唯だ聖人にして而る後に之を知る、亦た今人の能く知る所に非ざるなり。故に其の得て推すべき者は、事と辞とのみ。事と辞とは卑卑焉たる儒者の業なりと雖も、唯だ章句を守りて、諸を後世に伝へ、力を陳べて列に就くは、唯だ是れ其の分なり。其の道の若きは、則ち以て後の聖人を竢つ、是れ不佞の志なり。
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『学則』答屈景山書宋儒の伝注は、唯理を其の心に求めて以て之を言ふ。夫れ理なる者は定準無き者なり。聖人の心は得て測るべからず。唯聖のみ聖を識る。宋儒の為す所、豈に倨らざらんや。不佞は則ち敢へてせず。夫れ道は則ち高し美し。譾劣の資は企て及ぶべからず。故に卑卑焉として諸を事と辞とに求む。其の心に謂へらく、儒者の業は、唯古の聖人の書を守りて以て後世に詔ぐ、其れ斯れ可なりと。後賢の説は高妙なりと雖も、其の事辞に於いて合はざる有り。何を以て其の聖人の心と道とに於いて必ず合ふを知らんや。君子は其の知らざる所に於いて、蓋し闕如たり。且つ聖人の教へは天下に被る。天下の人、愚と不肖と亦た夥しいかな。故に卑卑焉たる者も、何ぞ必ずしも聖人の指に盭らんや。是れ不佞の心なり。
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『学則』答安澹泊書本然の性・気質の性は、本と孔孟の言の合はざるに苦しむが為に設く。然れども胚胎の始め、気質在り。故に古に此の言無し。而して孟子の性善も亦た大概之を言ふのみ。舜何人ぞや、吾何人ぞや、とは、本と聖人の教へに循ひて以て道を天下に行へば、則ち聖人の治難からざるを言ふ。而るに宋儒乃ち身ら聖人と為らんことを求む。然れども程朱既に聖人と為る能はず、而して孔子の後復た聖人有る無し。則ち是れ空言を懸けて以て人の能はざる所を強ふるなり。変化気質に至りては、亦た経に此の言無し。気質は天の賦する所、豈に変ずべけんや。人各〻資禀に随ひ、以て材を達し徳を成し、諸を国家に用ふ。諸を刀鋸椎鑿に辟ふれば、各〻其の用を殊にして、以て大廈を成す。三代と雖も亦た然り。豈に必ずしも変ずるを須ゐんや。
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『徂徠先生答問書』卷下右只今迄の思召と替候故、定て驚愕可被成候。依之、子細を申進候。吾道の元祖は堯舜に候。堯舜は人君にて候。依之聖人の道は専ら国天下を治め候道に候。道と申候は、事物当行の理にても無之、天地自然の道にても無之、聖人の建立被成候道にて、道といふは国天下を治候仕様に候。扨聖人の教は専礼楽にて風雅文采なる物に候。心法理窟の沙汰は曽て無之事に候。宋儒以来わざを捨て理窟を先とし風雅文采をはらひ捨て野鄙に罷成候。天子之道なる事を忘れ候より、専道理を説候て人を喩候事を第一に仕候。是より理非邪正の争盛に罷成候。議論一定してかたの極まり候事に成候故、何程学候ても知見の進み広まる事は曽て無之、只片口にぜうのこわき事に罷成候。是皆教法の違にて候。孔門の教とは天地雲泥に候。扨は文章も宋儒の文章は真にてかき候仮名物に候故、文章も鄙俚浅露に罷成候。如此の書籍に心を染候得ば、漢以前三代の書籍は済不申物に候。此差別当分は御合点参間敷候得ば、申進候も不入事の様に候得共御深志故申進候。
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