学則 / 答安澹泊書
岡君致足下前月書。捧讀知其矍鑠者狀。欣慰曷勝。書中又言及文章之業。諄諄弗已。下問數事。何其謙虚之至于此也。夫文章者。經國大業。不朽盛事。抗顏爲師。豈譾劣如不佞者之所企及乎。前承以貴亭記見徵。欲勉强塞命。而有所不能。故敢陳己見。以明其所以不能之由。然文章之道。亦多端焉。人各有所好。豈容强乎。故曰。非以爲它人作文之法云爾。足下盍察諸。
新字:岡君致足下前月書。捧読知其矍鑠者状。欣慰曷勝。書中又言及文章之業。諄諄弗已。下問数事。何其謙虚之至于此也。夫文章者。経国大業。不朽盛事。抗顔為師。豈譾劣如不佞者之所企及乎。前承以貴亭記見徴。欲勉強塞命。而有所不能。故敢陳己見。以明其所以不能之由。然文章之道。亦多端焉。人各有所好。豈容強乎。故曰。非以為它人作文之法云爾。足下盍察諸。
書き下し
岡君、足下の前月の書を致す。捧読して其の矍鑠たる者の状を知り、欣慰曷ぞ勝へん。書中又た文章の業に言及し、諄諄として已まず。数事を下問す、何ぞ其の謙虚の此に至るや。夫れ文章は経国の大業、不朽の盛事なり。顔を抗げて師と為るは、豈に譾劣なる不佞の如き者の企及する所ならんや。前に貴亭の記を以て徴せらるるを承け、勉強して命を塞がんと欲すれども、能はざる所有り。故に敢へて己が見を陳べ、以て其の能はざる所以の由を明らかにす。然れども文章の道も亦た端多し。人各〻好む所有り、豈に強ふるを容れんや。故に曰く、它人の為に文を作るの法に非ずと云爾。足下盍ぞ諸を察せざる。
現代語訳
岡君があなたの先月のお手紙を届けてくれました。押しいただいて拝読し、お元気でかくしゃくとしておられるご様子を知り、喜びと安堵に堪えません。お手紙ではまた文章の業に触れて、懇々と説き続け、いくつかの事柄をお尋ねくださいました。なんとまあ謙虚なことでしょうか。そもそも文章は「国を治める大事業であり、朽ちることのない盛んな事業」(魏の曹丕『典論』)です。顔を上げて師となるなど、浅はかで劣った私のような者が及びうることではありません。以前あなたのお屋敷の亭の記を書くよう求められ、無理をしてでもご依頼に応えようとしましたが、どうしてもできないところがありました。そこであえて自分の考えを述べて、書けない理由を明らかにしたのです。とはいえ文章の道にも多くの筋があり、人にはそれぞれ好むところがあります。どうして押しつけることができましょう。だから「他人のために文章を作る作法を言っているのではない」と申し上げたのです。どうかそこをお察しください。
解説
この章句が説くこと
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『翁問答』序隣里に天君とて逸民とおぼしき老翁ありけると友の語りし儘訪ひたづねて、杖を取て見へける、我眼力伯楽ならねば、騏駑の分ちは知らざれ共、威儀いとけだかく、人相和厚にして謙遜なれば、俗儒の意気たくましく、口気たかぶるに違ひ心ならず慕しく敬れて暇の日は常に傍にと雖、心に問べき貯へなければ、只山賤の花に向へるに異らず門下に体充とて俊秀なる人有て、平日疑問論難止む時なし、傍にて聞と雖、我心の及ばぬ際は記憶すること不能、心の粗通する事あれば、退て倭語にて書付け遺忘に備へぬ、斯くして年を積りぬれば、箇条も数多になり、心に守り身に行べき道理も少し、開悟に似たる様にあれば、若し又我如きの愚者あらば、万一工夫の助けにも成る可きかと改めうつして、翁問答と題号して、巾笥にかくし置ける、言いやしく理きこへがたけれ共、有道に付て正す可き程の事ならねば、只愚者の書付けたる儘にして、翁の本意に違ふ処多くあるべし、若読人あらば、辞にて志をそこなはずば、我人の大幸たる可き乎。
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『和俗童子訓』巻之二・総論下一人の弟子となり、師に仕へては、我が位高しといへども高ぶらず、師を尊び敬ひて重んずべし。師を尊ばざれば、学問の道たたず。師たる人、教を弟子に施さば、弟子これに法り習ひ、師に対して、心も顔色も、和かに敬ひ慎み、我が心を虚しくして自満なく、既に知れる事をも、知らざる如くし、又よく行ふ事をも、よくせざる如くにして、へり下るべし。師より受けたる教をば、心を尽してきはめ習ふべし。是弟子たる者の、師にあひて教を受くる法なり。
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『学則』答屈景山書不佞は僻惰なる一病夫にして、世と相遠ざかる。朝夕する所は唯一二の従游の士のみ。未だ嘗て人に勧め人を教ふるを以て事と為さず。況んや人と争はんや。而るに足下乃ち海内風に従ひて靡くと謂ふ者は、不佞と雖も亦た怪しむ。豈に耳食の士、初めより未だ不佞の学を為す所以を識らずして、響きを伝へて雷同するか。爾らずんば、亦た時運の然らしむるなり。豈に不佞の能く知る所ならんや。亦た惟人心の面の如き、見る所を陳べて以て来意に酬ゆるのみ。其の取舍の如きは、足下之を裁せよ。時に暑涼雑へ至る。伏して惟みるに自重せよ。即月二十一日。
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『慎思録』巻之六聡明の質有りと雖も、謙遜の徳無くば、則ち必ず一己の力を負みて、自足と為して人に資らず。故に蔽塞する所多くして、旁通せず。所謂自ら用ゐれば則ち小なり。此れ学功の成らざる所以なり。学者の自ら治むると、人を教ふるとは、須らく同じからざることを要すべし。自ら治むるが如きは、事事細密にして、煩繁を厭はざることを要す。苟も此くの若くならずば、則ち格致の理明らかならず、力行の功精しからず。苟も人を教ふるが如きは、須らく易簡なるべし。凡そ人情は易簡を好みて、煩労を悪む。苟も初学の人に教ふるに、煩繁の工夫を以てすれば、則ち之を厭悪して為さず、道に入るに由無し。只学問漸く久しくして習熟すれば、則ち煩多を厭はず。苟も初頭より、吾の為す所を以て之に教へを施せば、則ち扞格して勝へず。
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『五常訓』巻之四・礼一礼は謙遜をたつとぶ。謙はへりくだる也。ほこると裏表なり。ほこるは我が才力権位功名にほこるの類なり。謙は自満せざるを云ふ。我が身に才徳権位功業あれどもほこらず。是天下の美徳なり。遜はゆづるなり。善事を君父にゆづり、人にゆづりて、自ら居らざるを云ふ。
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『大和俗訓』自序ここを以て、わが国聖学の寥々たる事、古よりすでに久し。うらみても猶うらめしきかな。しかれども、今まさに聖明の御世にあたりぬれば、人文やうやく開けて、聖学の世に明かになりなん事たのもし。今の世の俗をさとさんため、からの文字を作りて、聖の道をとかんことは、わが輩のちからになしうべからず。況やもろこしのもろもろの先正の説、すでに明かに備はれるをや。漢字をしれる人はよんでしるべければ、今更贅言を用ふべからず。夫聖人の道の、至りて高大にしてふかくおくまりたるは、此国のをんなもじを以て、其かたはしをもまなびて説かんことおほけなくて、管にて天をうかがひ、蠡にて海をはかるが如くなれば、つたなき筆にてしるさん事、飛鳥川のふかき淵の変じてあさき瀨となり行きなんうれひに、猶まされりといへども、高きにのぼるには、必まづふもとよりし、遠きにゆくには、必近きよりはじむる理あれば、世の不幸にして漢字をしらざる人の為に、いささかむかし聞ける所のことわりを、今の俗語を以てかきあつめて八巻とし、名づけて大和俗訓といふ。
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