福沢諭吉小品集 / 養生の心得・第6段
一、病氣によりて預防法種々あれども、右等の事は總ての流行病を避ける要用の心得なれば、今其大略を斯に示す。 一、世間の人、病氣を受け惱むときは、醫者を頼みて療治を受ける事を知らぬものなし。されども充分に療治介抱を仕遂るもの少なし。先病氣に罹りたるせつは、人々の眼力を以て醫を撰む。其醫に萬事隔意なく問合、其差圖に隨ふて少しも違わぬよう精々氣付べし。さなくてはいかなる名醫にても充分なる療治を仕遂る事は出來ぬものなり。尤醫術は甚だ六箇敷ものにて大に上手下手のあるものなれども、其上手下手を素人の目にて見辨ける事は中々出來ぬものなり。依て人々其信仰する醫に萬事任せて療治し必らず惑を起す事なかれ。世間に醫を撰ぶに方角を定め或は神妓巫点祈祷などゝ樣々の事をする人あり。是皆惑にして療治介抱の本意を忘るゝものなり。誠に笑ふべきの至りならずや。 一、大病に臨みては介抱ほど大切なるものなし。晝夜病人の傍に不斷代々看病し、少しの事も覺置き、醫者の見舞たるせつ一々咄し、又醫者の云ふ事をつゝしみて聞置、藥の用法を始め萬事差圖に違わぬよう懇に注意ける事、是※者の業なり。尤も多人數病人の側に集り居るは惡し。精々靜に看病し、親類縁者のものたりとも病床へ近寄り病人と咄しすべからず。少しの事にても病人に氣遣するときは病氣に障るものなり。依て病氣見舞の人は可成は勝手にて饗應し返すべし。醫※者の外、病人の側に寄りて少しも益なし。 一、病氣見舞の人、病家に於て何にも噺す事なければ、世間の醫の咄しを爲し、醫を換させ又は点祈祷などを進めて、心切の積りなれども、病家に惑を起させ、遂に療治の妨となりて、見舞の心切、返て不深切となる事あり。病家も見舞人も此旨篤と心得置くべきことなり。 一、藥用、飮食、衣服、病床、病室等のようすは、病症と時候とに隨ひ種々の都合ある事にて、皆醫の預り知る事なれば、今斯に記さず。宜しく醫の差圖に從ふべし。
新字:一、病気によりて預防法種々あれども、右等の事は総ての流行病を避ける要用の心得なれば、今其大略を斯に示す。 一、世間の人、病気を受け悩むときは、医者を頼みて療治を受ける事を知らぬものなし。されども充分に療治介抱を仕遂るもの少なし。先病気に罹りたるせつは、人々の眼力を以て医を撰む。其医に万事隔意なく問合、其差図に随ふて少しも違わぬよう精々気付べし。さなくてはいかなる名医にても充分なる療治を仕遂る事は出来ぬものなり。尤医術は甚だ六箇敷ものにて大に上手下手のあるものなれども、其上手下手を素人の目にて見弁ける事は中々出来ぬものなり。依て人々其信仰する医に万事任せて療治し必らず惑を起す事なかれ。世間に医を撰ぶに方角を定め或は神妓巫点祈祷などゝ様々の事をする人あり。是皆惑にして療治介抱の本意を忘るゝものなり。誠に笑ふべきの至りならずや。 一、大病に臨みては介抱ほど大切なるものなし。昼夜病人の傍に不断代々看病し、少しの事も覚置き、医者の見舞たるせつ一々咄し、又医者の云ふ事をつゝしみて聞置、薬の用法を始め万事差図に違わぬよう懇に注意ける事、是※者の業なり。尤も多人数病人の側に集り居るは悪し。精々静に看病し、親類縁者のものたりとも病床へ近寄り病人と咄しすべからず。少しの事にても病人に気遣するときは病気に障るものなり。依て病気見舞の人は可成は勝手にて饗応し返すべし。医※者の外、病人の側に寄りて少しも益なし。 一、病気見舞の人、病家に於て何にも噺す事なければ、世間の医の咄しを為し、医を換させ又は点祈祷などを進めて、心切の積りなれども、病家に惑を起させ、遂に療治の妨となりて、見舞の心切、返て不深切となる事あり。病家も見舞人も此旨篤と心得置くべきことなり。 一、薬用、飲食、衣服、病床、病室等のようすは、病症と時候とに随ひ種々の都合ある事にて、皆医の預り知る事なれば、今斯に記さず。宜しく医の差図に従ふべし。
書き下し
一、病気によりて預防法種々あれども、右等の事は総ての流行病を避ける要用の心得なれば、今其大略を斯に示す。 一、世間の人、病気を受け悩むときは、医者を頼みて療治を受ける事を知らぬものなし。されども充分に療治介抱を仕遂るもの少なし。先病気に罹りたるせつは、人々の眼力を以て医を撰む。其医に万事隔意なく問合、其差図に随ふて少しも違わぬよう精々気付べし。さなくてはいかなる名医にても充分なる療治を仕遂る事は出来ぬものなり。尤医術は甚だ六箇敷ものにて大に上手下手のあるものなれども、其上手下手を素人の目にて見弁ける事は中々出来ぬものなり。依て人々其信仰する医に万事任せて療治し必らず惑を起す事なかれ。世間に医を撰ぶに方角を定め或は神妓巫点祈祷などゝ様々の事をする人あり。是皆惑にして療治介抱の本意を忘るゝものなり。誠に笑ふべきの至りならずや。 一、大病に臨みては介抱ほど大切なるものなし。昼夜病人の傍に不断代々看病し、少しの事も覚置き、医者の見舞たるせつ一々咄し、又医者の云ふ事をつゝしみて聞置、薬の用法を始め万事差図に違わぬよう懇に注意ける事、是※者の業なり。尤も多人数病人の側に集り居るは悪し。精々静に看病し、親類縁者のものたりとも病床へ近寄り病人と咄しすべからず。少しの事にても病人に気遣するときは病気に障るものなり。依て病気見舞の人は可成は勝手にて饗応し返すべし。医※者の外、病人の側に寄りて少しも益なし。 一、病気見舞の人、病家に於て何にも噺す事なければ、世間の医の咄しを為し、医を換させ又は点祈祷などを進めて、心切の積りなれども、病家に惑を起させ、遂に療治の妨となりて、見舞の心切、返て不深切となる事あり。病家も見舞人も此旨篤と心得置くべきことなり。 一、薬用、飲食、衣服、病床、病室等のようすは、病症と時候とに随ひ種々の都合ある事にて、皆医の預り知る事なれば、今斯に記さず。宜しく医の差図に従ふべし。
現代語訳
一、病気によって予防法は種々ありますが、右に挙げたことは、すべての流行病を避けるために必要な心得ですから、今その大略をここに示しました。 一、世間の人は、病気を受けて悩むときは、医者を頼んで治療を受けることを知らない者はありません。しかし、十分に治療と看護をやり遂げる者は少ないのです。まず病気にかかったときは、人々の目で医者を選びます。その医者に何事も隔てなく尋ね、その指図に従って少しも違わないよう、精々気をつけなさい。そうしなければ、どのような名医でも、十分な治療をやり遂げることはできません。もっとも、医術は甚だ難しいもので、大いに上手下手があるものですが、その上手下手を素人の目で見分けることは、なかなかできません。そこで人々は、その信頼する医者に万事を任せて治療し、決して惑いを起こしてはなりません。世間には、医者を選ぶのに方角を定めたり、あるいは神仏への祈祷や巫女の占いなど、様々なことをする人がいます。これはみな惑いであり、治療と看護の本来の意味を忘れるものです。まことに笑うべきことではありませんか。 一、大病に臨んでは、看護ほど大切なものはありません。昼夜、病人の傍で絶え間なく交代で看病し、わずかなことも覚えておき、医者が見舞いに来たときに一々話し、また医者の言うことをよく慎んで聞いておき、薬の用法をはじめ万事、指図に違わないよう念入りに気をつけること、これが看病人の務めです。もっとも、多人数が病人の側に集まっているのは悪いことです。できるだけ静かに看病し、親類縁者であっても病床に近寄り、病人と話をしてはいけません。少しのことでも病人に気遣いをさせると、病気に障るものです。そのため、病気見舞いの人は、できるなら別の場所でもてなして帰すのがよいでしょう。医者と看病人のほかは、病人の側に寄っても少しも益がありません。 一、病気見舞いの人が、病家で何も話すことがないからと、世間の医者の噂話をして、医者を換えさせ、または祈祷などを勧め、親切のつもりでも、病家に惑いを起こさせ、ついには治療の妨げとなり、見舞いの親切が、かえって不親切となることがあります。病家も見舞いの人も、この趣旨をよく心得ておくべきです。 一、薬の用い方、飲食、衣服、病床、病室などのようすは、病状と時候によって種々の都合があることで、すべて医者が預かり知ることですから、今ここには記しません。よろしく医者の指図に従いなさい。
解説
この章句が説くこと
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