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福沢諭吉小品集 / 養生の心得・第5段

一、家作は窓多くして風の通暢りよく明るきように心懸くべし。風の通暢り惡しき所に多人數住むは大に害あり。何なれば先づ人の肺の臟へ善良き空氣を吸込み、吹出すときは最早炭酸瓦斯と云ふ毒氣となる。其毒氣を多人數の口より吹出すに由て、遂に部屋の中に滿渡り、善き空氣と交りて是非とも再び肺の臟に入る故に毒となるなり。此道理にて、よせ芝居抔の如き多人數込合場所に居續る時は、遂に逆上て頭痛を催ふし氣分惡しくなるなり。夫れに由て、よせ芝居其外他人數集る席は、窓を澤山明けて風の通暢りを容易くするをよしと云ふ。 一、竈は煙箇をつけ家の内に煙の散らぬように心懸べし。煙の爲に眼病を生ずる事多し。 一、寢室は殊更に清潔に掃除し、決して飮量食物を室中に置く事なく、洗濯物小道具迄も精々取片付置べし。寢室の内に寢臺を置き其上に寢れば猶更よし。 一、兩便所は別段に注意け、折々清淨に掃除し、夏向は殊更、流行病などあるときは糞小便を日々取らせ置くべし。最一層入念するには、カルボリックアッシードか又はコロレードポットアスと云ふ藥を求め、便所に入れ置く可し。 一、貧富に由り又は商買職業によりて住居は一概に論じがたし。されども各其身分其職業惣應に清潔を心懸け棲ふときは、自然不潔事少くなりて養生にもなり立派にもなりて誠に快よき事ならずや。 一、流行病氣ある時は別して食餌に注意け、縱令ひ急用あるとも三度の時刻を違へず喰ひて、馴れぬものを喰わぬようにし、夜は早く臥て充分に寐ね、着物は時節相應にし、日々浴場をいりて體を清潔にし、家の内は隅から隅までよく掃除し穢れを除き、熱つき時節なれば家の中の風通りをよくし、家の外までもよく/\掃除して腐敗氣の蒸發ぬように心懸べし。折節は山か森か草木の繁たる所へ行き、處々歩行きる事大によし。寒きせつにても折々家の内へ風を入れて部屋の空氣を取替るべし。もし家内に流行病を受たるもの有ば、猶更右の箇條に氣を付、病人の部屋を一入清潔にし、兩便所を度々掃除し、糞小便を成る丈折々取らせ置くべし。病人の大便は別に  に取り一々外へ捨れば猶更よし。

新字:一、家作は窓多くして風の通暢りよく明るきように心懸くべし。風の通暢り悪しき所に多人数住むは大に害あり。何なれば先づ人の肺の臓へ善良き空気を吸込み、吹出すときは最早炭酸瓦斯と云ふ毒気となる。其毒気を多人数の口より吹出すに由て、遂に部屋の中に満渡り、善き空気と交りて是非とも再び肺の臓に入る故に毒となるなり。此道理にて、よせ芝居抔の如き多人数込合場所に居続る時は、遂に逆上て頭痛を催ふし気分悪しくなるなり。夫れに由て、よせ芝居其外他人数集る席は、窓を沢山明けて風の通暢りを容易くするをよしと云ふ。 一、竈は煙箇をつけ家の内に煙の散らぬように心懸べし。煙の為に眼病を生ずる事多し。 一、寝室は殊更に清潔に掃除し、決して飲量食物を室中に置く事なく、洗濯物小道具迄も精々取片付置べし。寝室の内に寝台を置き其上に寝れば猶更よし。 一、両便所は別段に注意け、折々清浄に掃除し、夏向は殊更、流行病などあるときは糞小便を日々取らせ置くべし。最一層入念するには、カルボリックアッシードか又はコロレードポットアスと云ふ薬を求め、便所に入れ置く可し。 一、貧富に由り又は商買職業によりて住居は一概に論じがたし。されども各其身分其職業惣応に清潔を心懸け棲ふときは、自然不潔事少くなりて養生にもなり立派にもなりて誠に快よき事ならずや。 一、流行病気ある時は別して食餌に注意け、縦令ひ急用あるとも三度の時刻を違へず喰ひて、馴れぬものを喰わぬようにし、夜は早く臥て充分に寐ね、着物は時節相応にし、日々浴場をいりて体を清潔にし、家の内は隅から隅までよく掃除し穢れを除き、熱つき時節なれば家の中の風通りをよくし、家の外までもよく/\掃除して腐敗気の蒸発ぬように心懸べし。折節は山か森か草木の繁たる所へ行き、処々歩行きる事大によし。寒きせつにても折々家の内へ風を入れて部屋の空気を取替るべし。もし家内に流行病を受たるもの有ば、猶更右の箇条に気を付、病人の部屋を一入清潔にし、両便所を度々掃除し、糞小便を成る丈折々取らせ置くべし。病人の大便は別に  に取り一々外へ捨れば猶更よし。

書き下し

一、家作は窓多くして風の通暢りよく明るきように心懸くべし。風の通暢り悪しき所に多人数住むは大に害あり。何なれば先づ人の肺の臓へ善良き空気を吸込み、吹出すときは最早炭酸瓦斯と云ふ毒気となる。其毒気を多人数の口より吹出すに由て、遂に部屋の中に満渡り、善き空気と交りて是非とも再び肺の臓に入る故に毒となるなり。此道理にて、よせ芝居抔の如き多人数込合場所に居続る時は、遂に逆上て頭痛を催ふし気分悪しくなるなり。夫れに由て、よせ芝居其外他人数集る席は、窓を沢山明けて風の通暢りを容易くするをよしと云ふ。 一、竈は煙箇をつけ家の内に煙の散らぬように心懸べし。煙の為に眼病を生ずる事多し。 一、寝室は殊更に清潔に掃除し、決して飲量食物を室中に置く事なく、洗濯物小道具迄も精々取片付置べし。寝室の内に寝台を置き其上に寝れば猶更よし。 一、両便所は別段に注意け、折々清浄に掃除し、夏向は殊更、流行病などあるときは糞小便を日々取らせ置くべし。最一層入念するには、カルボリックアッシードか又はコロレードポットアスと云ふ薬を求め、便所に入れ置く可し。 一、貧富に由り又は商買職業によりて住居は一概に論じがたし。されども各其身分其職業惣応に清潔を心懸け棲ふときは、自然不潔事少くなりて養生にもなり立派にもなりて誠に快よき事ならずや。 一、流行病気ある時は別して食餌に注意け、縦令ひ急用あるとも三度の時刻を違へず喰ひて、馴れぬものを喰わぬようにし、夜は早く臥て充分に寐ね、着物は時節相応にし、日々浴場をいりて体を清潔にし、家の内は隅から隅までよく掃除し穢れを除き、熱つき時節なれば家の中の風通りをよくし、家の外までもよく/\掃除して腐敗気の蒸発ぬように心懸べし。折節は山か森か草木の繁たる所へ行き、処々歩行きる事大によし。寒きせつにても折々家の内へ風を入れて部屋の空気を取替るべし。もし家内に流行病を受たるもの有ば、猶更右の箇条に気を付、病人の部屋を一入清潔にし、両便所を度々掃除し、糞小便を成る丈折々取らせ置くべし。病人の大便は別に  に取り一々外へ捨れば猶更よし。

現代語訳

一、家を建てるときは、窓を多くして風通しがよく、明るくなるように心がけなさい。風通しの悪い所に多人数が住むのは、大いに害があります。なぜなら、まず人の肺に良い空気を吸い込み、吐き出すときはもはや炭酸ガスという毒気になります。その毒気を多人数の口から吐き出すため、ついには部屋の中に満ちわたり、良い空気と交じって、どうしても再び肺に入るので、毒となるのです。この道理で、寄席や芝居などの多人数が込み合う場所に長く居続けると、ついにのぼせて頭痛を催し、気分が悪くなります。そのため、寄席や芝居、そのほか他人数が集まる席は、窓をたくさん開けて、風通しを容易にするのがよいというのです。 一、かまどは煙突をつけ、家の中に煙が散らないように心がけなさい。煙のために、眼病を生じることが多いのです。 一、寝室は特に清潔に掃除し、決して飲み物や食べ物を部屋の中に置かず、洗濯物や小道具まで、できるだけ片づけておきなさい。寝室の中に寝台を置いて、その上に寝れば、なおよいでしょう。 一、大便所と小便所は、特別に注意し、折々清潔に掃除し、夏場は特に、流行病などがあるときは、糞尿を毎日汲み取らせておきなさい。さらに念入りにするには、カルボリックアッシードかコロレードポットアスという薬を求め、便所に入れておきなさい。 一、貧富により、また商売や職業によって、住居は一概には論じがたいものです。しかし、各自その身分、その職業に応じて清潔を心がけて暮らせば、自然、不潔なことが少なくなって、養生にもなり、立派にもなり、まことに快いことではありませんか。 一、流行病があるときは、特に食べ物に注意し、たとえ急用があっても、三度の食事の時刻を違えずに食べ、慣れないものを食べないようにし、夜は早く寝て十分に眠り、着物は季節に相応にし、毎日風呂に入って体を清潔にし、家の中は隅々までよく掃除して汚れを除き、暑い時節なら家の中の風通しをよくし、家の外までよく掃除して、腐敗した気が蒸発しないように心がけなさい。ときには山や森、草木の茂った所へ行き、あちこち歩きまわるのは大いによいことです。寒い季節でも、折々家の中に風を入れて、部屋の空気を入れ替えなさい。もし家族の中に流行病にかかった者がいたら、いっそう右の箇条に気をつけ、病人の部屋を念入りに清潔にし、大小便所を度々掃除し、糞尿をできるだけ折々汲み取らせておきなさい。病人の大便は、別の容器に取り、その都度外へ捨てれば、なおよいでしょう。

解説

換気、かまどの煙、寝室、便所の清潔、そして流行病への備えが順に述べられます。呼気に含まれる炭酸ガスで人の多い場所の空気が悪くなるという説明は、当時の科学知識を実生活に生かそうとする啓蒙の姿勢をよく表しています。薬品名など当時の事情を除けば、規則正しい食事、睡眠、清掃、換気で感染症に備えるという方針は、現代にも通じます。身分や職業を問わず、それぞれの立場で清潔を心がけよという視点は、職場の衛生管理の基本姿勢にもなります。

この章句が説くこと

換気炭酸ガス寝室便所流行病清潔

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