福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第25段
日本国民既に耶蘇教に入りたる者あり、なお未だ入らざる者ありといえども、その入ると入らざるとはただ宗教上の儀式にして、日本帝国決して不徳の国にあらず、耶蘇教国独り徳国にあらず、いやしくも数千年の国を成して人事の秩序を明らかにし、以て東海に独立したるものにして、立国根本の道徳なくして叶うべきや、耶蘇の教義果たして美にして立国に要用なりとならば、我が日本国には耶蘇の名のほかに無名の耶蘇教民あることならんなどと、百方に言葉を尽して弁論すれば、また自ずからその意を解して釈然たる者なきにあらざれども、その談論時として男女関係の事に及び、日本の男子は多妻を許されてこれを咎むるものなく、ただに法律に問わざるのみならず習俗の禁ぜざる所なれば、社会の上流良家の主人と称する者にても、公然この醜行を犯して愧ずるを知らず、即ち人生居家の大倫を紊りたるものにして、随って生ずる所の悪事は枚挙に遑あらず、その余波引いて婚姻の不取締となり、容易に結婚して容易に離婚するの原因となり、親子の不和となり、兄弟の喧嘩となり、これを要するに日本国には未だ真実の家族なきものというも可なり、家族あらざれば国もまたあるべからず、日本は未だ国を成さざるものなりなど、口を極めて攻撃せらるるときは、我輩も心の内には外国人の謬見妄漫を知らざるにあらず、我が徳風斯くまでに壊れたるにあらず、我が家族悉皆然るにあらず、外人の眼の達せざる所に道徳あり家族あり、その美風は西洋の文明国人をしてかえって赤面せしむるもの少なからず、以て家を治め以て社会を維持するその事情は云々、その証拠は云々と語らんとすれども、何分にも彼らが今日の実証を挙げて正面より攻撃するその論鋒に向かっては、残念ながら一着を譲らざるを得ず。遂に西洋人に仮すに我を軽侮するの資を以てして、彼らをして我に対して同等の観をなさしめざるに至りしは、千歳の遺憾、無窮に忘るべからざる所のものなり。
書き下し
日本国民既に耶蘇教に入りたる者あり、なお未だ入らざる者ありといえども、その入ると入らざるとはただ宗教上の儀式にして、日本帝国決して不徳の国にあらず、耶蘇教国独り徳国にあらず、いやしくも数千年の国を成して人事の秩序を明らかにし、以て東海に独立したるものにして、立国根本の道徳なくして叶うべきや、耶蘇の教義果たして美にして立国に要用なりとならば、我が日本国には耶蘇の名のほかに無名の耶蘇教民あることならんなどと、百方に言葉を尽して弁論すれば、また自ずからその意を解して釈然たる者なきにあらざれども、その談論時として男女関係の事に及び、日本の男子は多妻を許されてこれを咎むるものなく、ただに法律に問わざるのみならず習俗の禁ぜざる所なれば、社会の上流良家の主人と称する者にても、公然この醜行を犯して愧ずるを知らず、即ち人生居家の大倫を紊りたるものにして、随って生ずる所の悪事は枚挙に遑あらず、その余波引いて婚姻の不取締となり、容易に結婚して容易に離婚するの原因となり、親子の不和となり、兄弟の喧嘩となり、これを要するに日本国には未だ真実の家族なきものというも可なり、家族あらざれば国もまたあるべからず、日本は未だ国を成さざるものなりなど、口を極めて攻撃せらるるときは、我輩も心の内には外国人の謬見妄漫を知らざるにあらず、我が徳風斯くまでに壊れたるにあらず、我が家族悉皆然るにあらず、外人の眼の達せざる所に道徳あり家族あり、その美風は西洋の文明国人をしてかえって赤面せしむるもの少なからず、以て家を治め以て社会を維持するその事情は云々、その証拠は云々と語らんとすれども、何分にも彼らが今日の実証を挙げて正面より攻撃するその論鋒に向かっては、残念ながら一着を譲らざるを得ず。遂に西洋人に仮すに我を軽侮するの資を以てして、彼らをして我に対して同等の観をなさしめざるに至りしは、千歳の遺憾、無窮に忘るべからざる所のものなり。
現代語訳
日本国民のなかには、すでにキリスト教に入った者もあり、まだ入っていない者もいますが、入るか入らないかは単に宗教上の儀式の違いで、日本帝国は決して不徳の国ではなく、キリスト教国だけが徳の国というわけでもない、数千年にわたって国を成し、人間社会の秩序を明らかにし、東の海に独立した国が、国を立てる根本の道徳なしに成り立つはずがない、キリスト教の教義が本当に美しく国を立てるために必要だというのであれば、わが日本国にはキリストの名を持たない無名のキリスト教徒がいるはずだなどと、あれこれ言葉を尽くして弁論すれば、おのずとその意を理解して納得する者がいないわけではありません。けれども、その議論がときに男女関係のことに及び、日本の男子は多妻が許されていて咎める者がなく、法律が問わないだけでなく習俗も禁じないので、社会の上流で良家の主人と称する者でも、公然とこの醜行を犯して恥じることを知らず、つまり人が家で暮らすうえでの大切な倫理を乱している、それによって生じる悪事は数え切れず、その余波が婚姻の不安定となって、簡単に結婚し簡単に離婚する原因となり、親子の不和となり、兄弟の喧嘩となり、要するに日本にはまだ本当の家族がないというも可で、家族がなければ国もあるはずがなく、日本はまだ国を成していないものである、などと口をきわめて攻撃されると、私も心のなかでは外国人の誤解と思い込みを知らないわけではなく、我が国の徳風がここまで壊れているわけではない、我が家族がすべてそうなのではない、外国人の目の届かないところに道徳も家族もあり、その美風は西洋の文明国の人をかえって赤面させるものも少なくない、そうして家を治め社会を保つ事情はこうだ、その証拠はこうだ、と語ろうとはするのですが、何分にも彼らが今日の実際の証拠を挙げて真正面から攻撃してくるその論鋒に向かっては、残念ながら一歩譲らざるを得ません。とうとう西洋人に、我々を軽んじ侮る材料を与え、彼らに我々を対等に見させなくなってしまったのは、千年の無念であり、永遠に忘れてはならないことです。
解説
この章句が説くこと
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『幽夢影』巻下・以て難しと爲すべきも法と爲すべからず九世同居は誠に盛事爲り、然れども止だ當に割股・廬墓の者と一例と作して看るべし。以て難しと爲すべきも、以て法と爲すべからざるなり。
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『春秋左氏伝』昭公二十一年 華多僚の讒言宋の華費遂、華貙・華多僚・華登を生む。貙は少司馬為り。多僚は御士為り。貙と相惡む。乃ち諸を公に譖して曰く、「貙將に亡人を納れんとす」と。亟(しばしば)之を言ふ。公曰く、「司馬吾が故を以って、其の良子を亡へり。死亡は命有り。吾以って再び之を亡ふ可からず」と。對へて曰く、「君若し司馬を愛せば、則ち如(しか)ず亡げんには。死如し逃る可くんば、何の遠きことか之れ有らん」と。公懼れ、侍人をして司馬の侍人宜僚を召さしめ、之に酒を飲ましめて、司馬に告げしむ。司馬歎じて曰く、「必ず多僚ならん。吾讒子有りて、殺すこと能はず。吾又死せず。抑君命有り、若何す可き」と。乃ち公と謀りて、華貙を逐はんとし、將に孟諸に田せしめて之を遣らんとす。公之に酒を飲ましめ、厚く之に酬い、賜從者に及ぶ。司馬も亦た之の如くす。張匄之を尤(あや)しみて曰く、「必ず故有らん」と。子皮をして宜僚に承(むか)ふるに劍を以ってして之を訊はしむ。宜僚盡く以って告ぐ。張匄多僚を殺さんと欲す。子皮曰く、「司馬老いたり。登の謂(ため)に甚だし。吾又之を重ねば、亡ぐるに如かざるなり」と。
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