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福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第20段

窃かに世情を視るに、近来は政治の議論漸く喧しくして、社会の公権即ち政権の受授につき、これを守らんとする者もまた取らんとする者も、頻りに熱心して相争うが如くなるは至極当然の次第にして、文明の国民たる者は国政に関すべき権利あるが故に、これを争うも可なりといえども、前にいえる如く、この公共の政権を守り、またこれを得んとするには、先ず一身の私権を固くすること肝要にして、その私権を固くせんとするには私徳を脩めざるべからざるの道理も、既に明白なりとして、さて今日の実際において、我が日本国の政治家はいかなる種族の人にして、その私徳の位は如何と尋ぬるに、外面より見て人品はいずれも皆中等以上の種族なれども、特別に有徳の君子のみにあらず。その智識聞見は、あるいは西洋流の文明に近き人あるも、徳教の一段に至り特に出色の美なきは、我輩の遺憾に堪えざる所なり。文明の士人心匠巧みにして、自家の便利のためには、時に文林儒流の磊落を学び、軽躁浮薄、法外なる不品行を犯しながら、君子は細行を顧みずなど揚言して、以てその不品行を瞞着するの口実に用いんとする者なきにあらず。けだし支那流にいう磊落とはいかなる意味か、その吟味はしばらく擱き、今日の処にては、磊落と不品行と、字を異にして義を同じうし、磊々落々は政治家の徳義なりとて、長老その例を示して少壮これに傚い、遂に政治社会一般の風を成し、不品行は人の体面を汚すに足らざるのみならず、最も磊落、最も不品行にして始めて能く他を圧倒するに足るものの如し。

書き下し

窃かに世情を視るに、近来は政治の議論漸く喧しくして、社会の公権即ち政権の受授につき、これを守らんとする者もまた取らんとする者も、頻りに熱心して相争うが如くなるは至極当然の次第にして、文明の国民たる者は国政に関すべき権利あるが故に、これを争うも可なりといえども、前にいえる如く、この公共の政権を守り、またこれを得んとするには、先ず一身の私権を固くすること肝要にして、その私権を固くせんとするには私徳を脩めざるべからざるの道理も、既に明白なりとして、さて今日の実際において、我が日本国の政治家はいかなる種族の人にして、その私徳の位は如何と尋ぬるに、外面より見て人品はいずれも皆中等以上の種族なれども、特別に有徳の君子のみにあらず。その智識聞見は、あるいは西洋流の文明に近き人あるも、徳教の一段に至り特に出色の美なきは、我輩の遺憾に堪えざる所なり。文明の士人心匠巧みにして、自家の便利のためには、時に文林儒流の磊落を学び、軽躁浮薄、法外なる不品行を犯しながら、君子は細行を顧みずなど揚言して、以てその不品行を瞞着するの口実に用いんとする者なきにあらず。けだし支那流にいう磊落とはいかなる意味か、その吟味はしばらく擱き、今日の処にては、磊落と不品行と、字を異にして義を同じうし、磊々落々は政治家の徳義なりとて、長老その例を示して少壮これに傚い、遂に政治社会一般の風を成し、不品行は人の体面を汚すに足らざるのみならず、最も磊落、最も不品行にして始めて能く他を圧倒するに足るものの如し。

現代語訳

ひそかに世の中の様子を見ると、近ごろは政治の議論がだんだんやかましくなり、社会の公権、すなわち政権の授受について、これを守ろうとする者も、取ろうとする者も、しきりに熱心に争っているようです。これは至極当然のことで、文明国の国民は国政に関わる権利があるのですから、それを争うのもよいのですが、前に述べたように、この公共の政権を守り、またそれを得ようとするには、まず一身の私権を固めることが肝要で、その私権を固めるには私徳を修めなければならないという道理は、すでに明らかです。では今日の実際に当てはめて、我が国の政治家はどのような種族の人で、その私徳の水準はどうかと尋ねると、外見から見て人品はみな中流以上の階層ですが、特別に有徳の君子というわけではありません。その知識や見聞は、あるいは西洋流の文明に近い人もありますが、徳育の一点については特に優れた美点がないのは、私が残念に堪えないところです。文明の士はずる賢く、自分の都合のためには、ときに漢学者や文人のおおらかさを学び、軽はずみで浮ついた、並外れた不品行を犯しながら、「君子は細かい行いにこだわらない」などと言い立てて、不品行をごまかす口実に用いようとする者がいないわけではありません。思うに、中国流でいう「磊落」とはどういう意味か、その吟味はしばらくおくとして、今日の状況では、磊落と不品行は字は違えど意味は同じになり、磊々落々は政治家の徳義だと言って、年長者が手本を示し若い者がそれに倣い、とうとう政治社会一般の風潮となりました。不品行は人の体面を汚すに足りないどころか、最も磊落で、最も不品行である者が、ようやく他を圧倒するに足りるかのようです。

解説

政治家に私徳が足りないことを、福沢は「磊落」という言葉のすり替えを通して批判します。大らかさと放埒を同一視し、不品行を度量の証のように扱う空気が、上から下へ広がるという指摘です。組織でも、トップの振る舞いが基準を決めてしまう場面はあるでしょう。公の権利を論じる前に、まず足もとの人格を問うという順序が、この一節の骨格です。なお、『支那』は当時の中国の呼称で、今日の感覚と異なります。

この章句が説くこと

私権私徳政治家磊落君子は細行を顧みず口実

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