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福沢諭吉小品集 / 徳育如何・第4段

方今、世に教育論者あり。その言にいわく、近来我が国の子弟は、その品行ようやく軽薄におもむき、父兄の言を用いず、長老の警をかえりみず、はなはだしきは弱冠の身をもって国家の政治を談じ、ややもすれば上を犯すの気風あるが如し。ひっきょう、学校の教育不完全にして徳育を忘れたるの罪なりとて、専ら道徳の旨を奨励するその方便として、周公孔子の道を説き、漢土聖人の教をもって徳育の根本に立てて、一切の人事を制御せんとするものの如し。 我が輩は論者の言を聞き、その憂うるところははなはだもっともなりと思えども、この憂いを救うの方便にいたりては毫も感服すること能わざる者なり。そもそも論者の憂うるところを概言すれば、今の子弟は上を敬せずして不遜なり、漫に政治を談じて軽躁なりというにすぎず。論者の言、はなはだ是なり。我が輩とてももとより同憂なりといえども、少年輩がかくまでにも不遜軽躁に変じたるは、たんに学校教育の欠点のみによりて然るものか。もしも果して然るものとするときは、この欠点は何によりて生じたるものか、その原因を推究すること緊要なり。 教育の欠点といえば、教師の不徳と教書の不経なることならん。然るに我が日本において、開闢以来稀なる不徳の教師を輩出して、稀なる不経の書を流行せしめたるは何ものなるぞや。あるいは前年、文部省より定めたる学制によりて然るものなりといわんか、然らばすなわち文部省をしてかかる学制を定めしめたるは何ものなるぞや。これを推究せざるべからず。我が輩の所見においては、これを文部省の学制に求めず、また教師の不徳、教書の不経をも咎めず。これらは皆、事の近因として、さらにこの近因を生じたる根本の大原因に溯るに非ざれば、事の得失を断ずるに足らざるを信ずるものなり。けだしその原因とは何ぞや。我が開国に次で政府の革命、すなわちこれなり。

書き下し

方今、世に教育論者あり。その言にいわく、近来我が国の子弟は、その品行ようやく軽薄におもむき、父兄の言を用いず、長老の警をかえりみず、はなはだしきは弱冠の身をもって国家の政治を談じ、ややもすれば上を犯すの気風あるが如し。ひっきょう、学校の教育不完全にして徳育を忘れたるの罪なりとて、専ら道徳の旨を奨励するその方便として、周公孔子の道を説き、漢土聖人の教をもって徳育の根本に立てて、一切の人事を制御せんとするものの如し。 我が輩は論者の言を聞き、その憂うるところははなはだもっともなりと思えども、この憂いを救うの方便にいたりては毫も感服すること能わざる者なり。そもそも論者の憂うるところを概言すれば、今の子弟は上を敬せずして不遜なり、漫に政治を談じて軽躁なりというにすぎず。論者の言、はなはだ是なり。我が輩とてももとより同憂なりといえども、少年輩がかくまでにも不遜軽躁に変じたるは、たんに学校教育の欠点のみによりて然るものか。もしも果して然るものとするときは、この欠点は何によりて生じたるものか、その原因を推究すること緊要なり。 教育の欠点といえば、教師の不徳と教書の不経なることならん。然るに我が日本において、開闢以来稀なる不徳の教師を輩出して、稀なる不経の書を流行せしめたるは何ものなるぞや。あるいは前年、文部省より定めたる学制によりて然るものなりといわんか、然らばすなわち文部省をしてかかる学制を定めしめたるは何ものなるぞや。これを推究せざるべからず。我が輩の所見においては、これを文部省の学制に求めず、また教師の不徳、教書の不経をも咎めず。これらは皆、事の近因として、さらにこの近因を生じたる根本の大原因に溯るに非ざれば、事の得失を断ずるに足らざるを信ずるものなり。けだしその原因とは何ぞや。我が開国に次で政府の革命、すなわちこれなり。

現代語訳

今、世間に教育論者がいる。その言うところは、近ごろ我が国の子弟は、品行がしだいに軽薄に傾き、父兄の言葉を用いず、年長者の戒めも顧みず、はなはだしくは二十歳ほどの身で国家の政治を論じ、ともすれば目上を犯す気風があるようだ。結局、学校の教育が不完全で徳育を忘れた罪であるとして、専ら道徳の趣旨を奨励する手段として、周公・孔子の道を説き、中国の聖人の教えを徳育の根本に立てて、すべての人事を制御しようとするもののようだ。 我々は論者の言葉を聞き、その憂えるところはもっともだと思うが、この憂いを救う手段については少しも感服できない。そもそも論者の憂えるところを概して言えば、今の子弟は目上を敬わず不遜で、むやみに政治を論じて軽はずみだ、ということにすぎない。論者の言はまことにそのとおりである。我々ももとより同じ憂いを持つが、少年たちがこれほど不遜で軽はずみに変じたのは、ただ学校教育の欠点だけによるものだろうか。もし果してそうだとするなら、この欠点は何によって生じたのか、その原因を突き詰めることが肝要である。 教育の欠点といえば、教師の不徳と教科書の不適切さであろう。しかし我が日本で、開闢以来まれな不徳の教師を輩出させ、まれな不適切な書を流行させたのは何者か。あるいは先年、文部省が定めた学制によるものだと言うのか。それなら、文部省にこのような学制を定めさせたのは何者か。これを突き詰めなければならない。我々の考えでは、これを文部省の学制に求めず、また教師の不徳や教書の不適切さをとがめもしない。これらはみな、事の近い原因であって、さらにこの近因を生んだ根本の大原因にさかのぼらなければ、事の是非を判断するに足りないと信じる。その原因とは何か。我が国の開国に続く政府の革命、これである。

解説

福沢は、若者が不遜で政治を語るのは学校教育の欠陥だとする論者の憂いに理解を示しつつ、その処方には賛成できないと述べ、原因を一段さかのぼるよう求めます。教師や教科書、学制の不備は近因にすぎず、根本は開国と維新の革命だというのです。問題が起きたとき担当者を責めて済ませず、構造的な原因を探る姿勢は、現代の組織の不祥事対応にも通じます。対症療法に走る前に、問いを一段深く立て直す手本のような論の運びです。

この章句が説くこと

教育論者軽躁不遜近因根本の大原因開国政府の革命

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