福沢諭吉小品集 / 徳育如何・第2段
教育もまたかくの如し。人の智徳は教育によりておおいに発達すといえども、ただその発達を助くるのみにして、その智徳の根本を資るところは、祖先遺伝の能力と、その生育の家風と、その社会の公議輿論とにあり。蝦夷人の子を養うて何ほどに教育するも、その子一代にては、とても第一流の大学者たるべからず。源家八幡太郎の子孫に武人の夥しきも、能力遺伝の実証として見るべし。また、武家の子を商人の家に貰うて養えば、おのずから町人根性となり、商家の子を文人の家に養えば、おのずから文に志す。幼少の時より手につけたる者なれば、血統に非ざるも自然に養父母の気象を承るは、あまねく人の知る所にして、家風の人心を変化すること有力なるものというべし。 また、戦国の世にはすべて武人多くして、出家の僧侶にいたるまでも干戈を事としたるは、叡山・三井寺等の古史に徴して知るべし。社会の公議輿論、すなわち一世の気風は、よく仏門慈善の智識をして、殺人戦闘の悪業をなさしめたるものなり。右はいずれも、人生の智徳を発達せしめ退歩せしめ、また変化せしむるの原因にして、その力はかえって学校の教育に勝るものなり。学育もとより軽々看過すべからずといえども、古今の教育家が漫に多を予期して、あるいは人の子を学校に入れてこれを育すれば、自由自在に期するところの人物を陶冶し出だすべしと思うが如きは、妄想のはなはなだしきものにして、その妄漫なるは、空気・太陽・土壌の如何を問わず、ただ肥料の一品に依頼して草木の長茂を期するに等しきのみ。
書き下し
教育もまたかくの如し。人の智徳は教育によりておおいに発達すといえども、ただその発達を助くるのみにして、その智徳の根本を資るところは、祖先遺伝の能力と、その生育の家風と、その社会の公議輿論とにあり。蝦夷人の子を養うて何ほどに教育するも、その子一代にては、とても第一流の大学者たるべからず。源家八幡太郎の子孫に武人の夥しきも、能力遺伝の実証として見るべし。また、武家の子を商人の家に貰うて養えば、おのずから町人根性となり、商家の子を文人の家に養えば、おのずから文に志す。幼少の時より手につけたる者なれば、血統に非ざるも自然に養父母の気象を承るは、あまねく人の知る所にして、家風の人心を変化すること有力なるものというべし。 また、戦国の世にはすべて武人多くして、出家の僧侶にいたるまでも干戈を事としたるは、叡山・三井寺等の古史に徴して知るべし。社会の公議輿論、すなわち一世の気風は、よく仏門慈善の智識をして、殺人戦闘の悪業をなさしめたるものなり。右はいずれも、人生の智徳を発達せしめ退歩せしめ、また変化せしむるの原因にして、その力はかえって学校の教育に勝るものなり。学育もとより軽々看過すべからずといえども、古今の教育家が漫に多を予期して、あるいは人の子を学校に入れてこれを育すれば、自由自在に期するところの人物を陶冶し出だすべしと思うが如きは、妄想のはなはなだしきものにして、その妄漫なるは、空気・太陽・土壌の如何を問わず、ただ肥料の一品に依頼して草木の長茂を期するに等しきのみ。
現代語訳
教育もまた同じである。人の知恵と徳は教育によって大いに発達するけれども、教育はただその発達を助けるだけで、知恵と徳の根本を支えるものは、祖先から遺伝した能力と、育った家の家風と、その社会の世論にある。蝦夷人の子を養ってどれほど教育しても、その子一代では、とうてい第一流の大学者にはなれない。源家の八幡太郎の子孫に武人が非常に多いのも、能力が遺伝する証拠として見てよい。また、武家の子を商人の家にもらって育てれば、自然と町人根性になり、商家の子を文人の家で育てれば、自然と文に志す。幼いころから手元で育てた者は、血筋でなくても自然に養父母の気風を受け継ぐことは、広く人の知るところで、家風が人の心を変える力は強いというべきである。 また、戦国の世にはすべて武人が多く、出家した僧侶に至るまで武器を事としたことは、叡山・三井寺などの古い歴史に徴して知ることができる。社会の世論、すなわちその時代の気風は、仏門にあって慈悲を説くはずの知識人にまで、殺人や戦闘の悪い行いをさせたのである。右はいずれも、人の知恵と徳を発達させ、退歩させ、また変化させる原因であって、その力はかえって学校の教育に勝るものである。学校教育はもとより軽々しく見過ごしてはならないが、古今の教育家がむやみに多くを期待して、人の子を学校に入れて育てれば、望みどおりの人物を自由自在に作り出せると思うのは、妄想もはなはだしく、その愚かさは、空気・太陽・土壌がどうであるかを問わず、ただ肥料の一品に頼って草木の成長を期待するのと同じである。
解説
この章句が説くこと
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福沢諭吉小品集・家庭習慣の教えを論ず・第2段故に一口に教育と呼び做せども、その領分はなかなか広きものにて、ただに読み書きを教うるのみを以て教育とは申し難し。読み書きの如きはただ教育の一部分なるのみ。実に教育の箇条は、前号にも述べたる如く極めて多端なりといえども、早くいえば、人々が天然自然に稟け得たる能力を発達して、人間急務の仕事を仕遂げ得るの力を強くすることなり。その天稟の能力なるものは、あたかも土の中に埋れる種の如く、早晩萌芽を出すの性質は天然自然に備えたるものなり。されども能くその萌芽を出して立派に生長すると否らざるとは、単に手入れの行届くと行届かざるとに依るなり。即ち培養の厚薄良否に依るというも可なり。いわゆる教育なるものは則ち能力の培養にして、人始めて生まれ落ちしより成人に及ぶまで、父母の言行によって養われ、あるいは学校の教授によって導かれ、あるいは世の有様に誘われ、世俗の空気に暴されて、それ相応に萌芽を出し生長を遂ぐるものなれば、その出来不出来は、その培養たる教育の良否によって定まることなり。就中幼少の時、見習い聞き覚えて習慣となりたることは、深く染み込めて容易に矯め直しの出来ぬものなり。さればこそ習慣は第二の天性を成すといい、幼稚の性質は百歳までともいう程のことにて、真に人の賢不肖は、父母家庭の教育次第なりというも可なり。家庭の教育、謹むべきなり。
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福沢諭吉小品集・徳育如何・第8段はなはだしきは道徳教育論に喋々するその本人が、往々開進の風潮に乗じて、利を射り、名を貪り、犯すべからざるの不品行を犯し、忍ぶべからざるの刻薄を忍び、古代の縄墨をもって糺すときは、父子君臣、夫婦長幼の大倫も、あるいは明を失して危きが如くなるも、なおかつ一世を瞞着して得々横行すべきほどの、この有力なる開進風潮の中にいながら、学校教育の一局部を変革して、もって現在の世態を左右せんと欲するが如きは、肥料の一品を加減して草木の生々を自在にせんとする者に異ならず。 たとい、あるいはその教育も、他の人事とともに歩をともにして進退するときは、すこぶる有力なる方便なりというも、その効験の現わるるはきわめて遅々たるものにして、肥料の草木におけるが如くなるを得ず。ますますその迂闊なるを見るべきのみ。 されば今の世の子弟が不遜軽躁なることもあらば、その不遜軽躁は天下の大教場たる公議輿論をもって教えたるものなれば、この教場の組織を変革するに非ざれば、その弊を矯るによしなし。而してその変革に着手せんとするも、今日の勢において、よく導きて古に復するを得べきや。今の法律を改めて旧套に返るべきや。平民の乗馬を禁ずべきや。次三男の自主独立をとどむべきや。 これを要するに、開進の今日に到着して、かえりみて封建世禄の古制に復せんとするは、喬木より幽谷に移るものにして、何等の力を用うるも、とうてい行わるべからざることと断定せざるをえず。目今その手段を求めて得ざるものなり。論者といえども自から明らかに知るところならん。すでに大教場の変革に手段なきを知らば、局部の学校を変革するも無益なるや明らかなり。ゆえに我が輩は今の世態に満足する者に非ず、少年子弟の不遜軽躁なるを見て、これを賛誉する者に非ずといえども、その局部について直接に改良を求めず、天下の公議輿論にしたがいてこれを導き、自然にその行くところに行かしめ、その止まるところに止まらしめ、公議輿論とともに順に帰せしむること、流にしたがいて水を治むるが如くならんことを欲する者なり。
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福沢諭吉小品集・徳育如何・第1段『徳育如何』緒言 方今、世に教育論者あり。少年子弟の政治論に熱心なるを見て、軽躁不遜なりと称し、その罪を今の教育法に帰せんと欲するが如し。福沢先生その誣罔を弁じ、大いに論者の蒙を啓かんとて、教育論一篇を立案せられ、中上川先生これを筆記して、『時事新報』の社説に載録せられたるが、今これを重刊して一小冊子となし、学者の便覧に供すという。 明治一五年一一月編者識 徳育如何 青酸は毒のもっとも劇しきものにして、舌に触れば、即時に斃る。その間に時なし。モルヒネ、砒石は少しく寛にして、死にいたるまで少しく時間あり。大黄の下剤の如きは、二、三時間以上を経過するに非ざれば腸に感応することなし。薬剤の性質、相異なるを知るべし。また、草木に施す肥料の如き、これに感ずるおのおの急緩の別あり。野菜の類は肥料を受けて三日、すなわち青々の色に変ずといえども、樹木は寒中これに施してその効験は翌年の春夏に見るべきのみ。 いま人心は草木の如く、教育は肥料の如し。この人心に教育を施して、その効験三日に見るべきか。いわく、否なり。三冬の育教、来年の春夏に功を奏するか。いわく、否なり。少年を率いて学に就かしめ、習字・素読よりようやく高きに登り、やや事物の理を解して心事の方向を定むるにいたるまでは、速くして五年、尋常にして七年を要すべし。これを草木の肥料に譬うれば、感応のもっとも遅々たるものというべし。 また、草木は肥料によりて大いに長茂すといえども、ただその長茂を助くるのみにして、その生々の根本を資るところは、空気と太陽の光熱と土壌津液とにあり。空気、乾湿の度を失い、太陽の光熱、物にさえぎられ、地性、瘠せて津液足らざる者へは、たとい肥料を施すも功を奏すること少なきのみならず、まったく無効なるものあり。
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福沢諭吉小品集・徳育如何・第7段然りといえども、以上枚挙するところは十五年来の実際に行われ、今日の法律においてこれを許し、今日の習慣においても大いにこれを咎ること能わざるものなり。徳教の老眼をもってこの有様を見れば、まことに驚くに堪えたり。元禄年間の士人を再生せしめて、これに維新以来の実況を語り、また、今の世事の成行を目撃せしめたらば、必ず大いに驚駭して、人倫の道も断絶したる暗黒世界なりとて、痛心することならんといえども、いかんせん、この世態の変は、十五年以来、我が日本人が教育を怠りたるのゆえに非ず。ただ開進の風に吹かれて輿論の面目を改めたるがためなり。けだし輿論の面目とは、全国人事の全面目にして、学校教育の如きもこの全面目中の一部分たるに過ぎざるのみ。 されば今の世の教育論者が、今のこの不遜軽躁なる世態に感動してこれを憂うるははなはだ善し。またこれに驚くも至当の事なれども、論者はこれを憂い、これに驚きて、これを古に復せんと欲するか。すなわち元禄年間の士人と見を同じゅうして、元禄の忠孝世界に復古せんと欲するか。論者が、しきりに近世の著書・新聞紙等の説を厭うて、もっぱら唐虞三代の古典を勧むるは、はたしてこの古典の力をもって今の新説を抹殺するに足るべしと信ずるか。しかのみならず論者が、今の世態の、一時、己が意に適せずして局部に不便利なるを発見し、その罪をひとり学校の教育に帰して喋々するは、はたしてその教育をもって世態を挽回するに足るべしと信ずるか。我が輩はその方略に感服する能わざるものなり。 そもそも明治年間は元禄に異なり。その異なるは教育法の異なるに非ず、公議輿論の異なるものにして、もしも教育法に異なるものあらば、これをして異ならしめたるものは、公議輿論なりといわざるをえず。而して明治年間の公議輿論は何によりて生じたるものなりやと尋ぬれば、三十年前、我が開国と、ついで政府の革命、これなりと答えざるをえず。開国革命、もって今の公議輿論を生じて、人心は開進の一方に向い、その進行の際に弊風もまた、ともに生じて、徳教の薄きを見ることなきに非ざるも、法律これを許し、習慣これを咎めず。
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福沢諭吉小品集・徳育如何・第4段方今、世に教育論者あり。その言にいわく、近来我が国の子弟は、その品行ようやく軽薄におもむき、父兄の言を用いず、長老の警をかえりみず、はなはだしきは弱冠の身をもって国家の政治を談じ、ややもすれば上を犯すの気風あるが如し。ひっきょう、学校の教育不完全にして徳育を忘れたるの罪なりとて、専ら道徳の旨を奨励するその方便として、周公孔子の道を説き、漢土聖人の教をもって徳育の根本に立てて、一切の人事を制御せんとするものの如し。 我が輩は論者の言を聞き、その憂うるところははなはだもっともなりと思えども、この憂いを救うの方便にいたりては毫も感服すること能わざる者なり。そもそも論者の憂うるところを概言すれば、今の子弟は上を敬せずして不遜なり、漫に政治を談じて軽躁なりというにすぎず。論者の言、はなはだ是なり。我が輩とてももとより同憂なりといえども、少年輩がかくまでにも不遜軽躁に変じたるは、たんに学校教育の欠点のみによりて然るものか。もしも果して然るものとするときは、この欠点は何によりて生じたるものか、その原因を推究すること緊要なり。 教育の欠点といえば、教師の不徳と教書の不経なることならん。然るに我が日本において、開闢以来稀なる不徳の教師を輩出して、稀なる不経の書を流行せしめたるは何ものなるぞや。あるいは前年、文部省より定めたる学制によりて然るものなりといわんか、然らばすなわち文部省をしてかかる学制を定めしめたるは何ものなるぞや。これを推究せざるべからず。我が輩の所見においては、これを文部省の学制に求めず、また教師の不徳、教書の不経をも咎めず。これらは皆、事の近因として、さらにこの近因を生じたる根本の大原因に溯るに非ざれば、事の得失を断ずるに足らざるを信ずるものなり。けだしその原因とは何ぞや。我が開国に次で政府の革命、すなわちこれなり。
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福沢諭吉小品集・徳育如何・第3段俚諺にいわく、「門前の小僧習わぬ経を読む」と。けだし寺院のかたわらに遊戯する小童輩は、自然に仏法に慣れてその臭気を帯ぶるとの義ならん。すなわち仏の気風に制しらるるものなり。仏の風にあたれば仏に化し、儒の風にあたれば儒に化す。周囲の空気に感じて一般の公議輿論に化せらるるの勢は、これを留めんとして駐むべからず。いかなる独主独行の士人といえども、この間にひとりするを得ざるは、伝染病の地方にいて、ひとりこれを免かるるの術なきが如し。独立の品行、まことに嘉みすべしといえども、おのずからその限りあるものにして、限界を超えて独立せんとするも、人間生々の中にありて決して行わるべきことに非ず。 たとえば言語の如し。一地方にありて独立独行、百事他人に殊なりと称する人にても、その言語には方言を用い、壁を隔ててこれを聞くも、某地方の人たるを知るべし。今この方言は誰れに学びたりやと尋ぬるに、これを教えたる者なし。教うる者なくしてこれを知る。すなわち地方の空気に学びたるものと言わざるをえず。あるいは空気の力に迫られたるものというも可なり。ただに方言のみならず、衣服、飲食の品類より、家屋・庭園・装飾・玩弄の物にいたるまでも、一時一世の流行にほかなるを得ず。流行のものを衣服し、流行のものを飲食し、流行の家屋におり、流行の物を弄ぶ。 この点より見れば、人はあたかも社会の奴隷にして、その圧制を蒙り、毫も自由を得ざるものにして、いかなる有力の士人にても、古今世界にこの圧制を免かれたる者あるを聞かざるなり。有形の物、皆然り。然らばすなわち無形の智徳にして、ひとり社会の圧制を免かるるの理あるべからず。教えずして知るの智あり、学ばずして得るの徳あり。ともに流行の勢にしたがいてその範囲を脱せず。社会はあたかも智徳の大教場というも可なり。この教場の中にありて区々の学校を見れば、如何なる学制あるも、如何なる教則あるも、その教育は、ただわずかに人心の一部分を左右するに足るべしとのことは、必ずしも知識をまちて然る後に知るべき事柄に非ざるなり。
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