福沢諭吉小品集 / 学問の独立・第15段
その法、他なし、文部省、工部省の学校を分離して御有となすときは、本省においては、従来学校に給したる定額を省くべきは当然の算数にして、この定額金は必ず大蔵省に帰することならん。大蔵省においては期せずして歳出を減じたることなれば、その金額をもってただちに帝室費を増加し、帝室はこの増額をもって学校保護の用にあてられたらば、さらに出納の実際に心配なくして事を弁ずること、はなはだ容易なるべし。ただに実際に心配なきのみならず、学校の官立なりしものを私立に変ずるときは、学校の当局者は必ず私有の心地して、百事自然に質素勤倹の風を生じ、旧慣に比して大いに費用を減ずべきはむろん、あるいはこれを減ぜざれば、旧時同様の資金をもってさらに新たに学事を起すに足るべし。今の官立校とて、いたずらに金円を浪費乱用するというには非ざれども、事の官たり私たるの別によりて、費用もまたおのずから多少の差あるは、社会にまぬかれざるところにして、世人の明知する事実なれば、今回もし幸にして官私の変革あらば、国庫より見て学校の資本は必ず豊なるをさとることならん。 またあるいは人の説に、官立の学校を廃して共同私立の体に変じ、その私立校の総理以下教員にいたるまでも、従前、官学校に従事したる者を用い、学事会を開きて学問の針路を指示するが如きは、はなはだ佳しといえども、その総理教員なる者は、以前は在官の栄誉を辱うしたる身分にして、にわかに私立の身となりては、あたかも栄誉を失うの姿にして、心を痛ましむるの情実あるべしというものあり。
書き下し
その法、他なし、文部省、工部省の学校を分離して御有となすときは、本省においては、従来学校に給したる定額を省くべきは当然の算数にして、この定額金は必ず大蔵省に帰することならん。大蔵省においては期せずして歳出を減じたることなれば、その金額をもってただちに帝室費を増加し、帝室はこの増額をもって学校保護の用にあてられたらば、さらに出納の実際に心配なくして事を弁ずること、はなはだ容易なるべし。ただに実際に心配なきのみならず、学校の官立なりしものを私立に変ずるときは、学校の当局者は必ず私有の心地して、百事自然に質素勤倹の風を生じ、旧慣に比して大いに費用を減ずべきはむろん、あるいはこれを減ぜざれば、旧時同様の資金をもってさらに新たに学事を起すに足るべし。今の官立校とて、いたずらに金円を浪費乱用するというには非ざれども、事の官たり私たるの別によりて、費用もまたおのずから多少の差あるは、社会にまぬかれざるところにして、世人の明知する事実なれば、今回もし幸にして官私の変革あらば、国庫より見て学校の資本は必ず豊なるをさとることならん。 またあるいは人の説に、官立の学校を廃して共同私立の体に変じ、その私立校の総理以下教員にいたるまでも、従前、官学校に従事したる者を用い、学事会を開きて学問の針路を指示するが如きは、はなはだ佳しといえども、その総理教員なる者は、以前は在官の栄誉を辱うしたる身分にして、にわかに私立の身となりては、あたかも栄誉を失うの姿にして、心を痛ましむるの情実あるべしというものあり。
現代語訳
その方法は他でもありません。文部省と工部省の学校を分離して御有とするとき、本省では、従来学校に給付していた定額を省くのが当然の計算で、この定額金は必ず大蔵省に帰するでしょう。大蔵省では期せずして歳出が減ったことになるので、その金額をそのまま帝室費の増加にあて、帝室はこの増額で学校保護の用にあてられるなら、さらに出納の実際に心配なく、事を運ぶことはたいへん容易でしょう。ただ実際に心配がないだけでなく、学校が官立であったものを私立に変えれば、学校の当事者は必ず私有の心地を持ち、すべてが自然に質素倹約の風を生じ、従来に比べて大いに費用を減らせることはもちろん、あるいは減らさなくても、以前と同じ資金でさらに新しく学事を起こすに足りるでしょう。今の官立校がいたずらに金を浪費乱用するというのではありませんが、事が官であるか私であるかの違いによって、費用にもおのずから多少の差が出るのは、社会に避けられないことで、世人もよく知る事実ですから、今回もし幸いにして官から私への変革があれば、国庫から見て学校の資本は必ず豊かになることを悟るでしょう。 またある人の説に、官立の学校を廃して共同私立の形に変え、その私立校の総理から教員に至るまで、従来、官学校に従事していた者を用い、学事会を開いて学問の針路を示すことは、たいへんよいけれども、その総理や教員は、以前は官にあるという栄誉を担っていた身分で、にわかに私立の身になっては、あたかも栄誉を失う姿で、心を痛ませる事情があるだろう、というものがあります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・善說晉獻公の時、東郭の民に祖朝なる者有り。上書して獻公に曰く、「草茅の臣、東郭の民祖朝、願わくは國家の計を聞くを請わん。」獻公使いをして出でて之に告げしめて曰く、「肉食する者已に之を慮れり。藿食する者尚お何ぞ與らんや。」祖朝對えて曰く、「大王獨り古の將桓司馬なる者を聞かざるか。朝々其の君に朝し、舉げて宴す。御車を呼ばば、驂も亦た車を呼ぶ。御其の驂に肘して曰く、『子何ぞ越えて云爲するか。何為れぞ藉りに車を呼ぶや。』驂其の御に謂いて曰く、『當に呼ぶべき者呼ぶは、乃ち吾が事なり。子は當に子の轡銜を正すべきのみ。子今轡銜を正さずして、馬をして卒然として驚かしめ、妄りに道中の行人を轢かば、必ず大敵に逢い、車を下り劍を免れ、血を涉り肝を履むは固より吾が事なり。子寧んぞ能く子の轡を辟け、下りて我を佐くるか。其の禍も亦た吾が身に及び、與に深憂有り。吾安んぞ車を呼ぶ無きを得んや。』今大王曰く、『肉を食う者已に之を慮れり、藿を食う者尚お何ぞ與らんや。』設し肉を食う者一旦廟堂の上に計を失わば、臣等藿を食う者の若きも、寧んぞ肝膽を中原の野に塗る無きを得んや。其の禍も亦た臣が身に及ぶ。臣與に其の憂い深し。臣安んぞ國家の計に與る無きを得んや。」獻公召して之を見、三日與に語り、復た憂うる者無し、乃ち立てて以て師と爲せり。
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言志四録・南洲手抄象山の、宇宙内の事は皆己れ分内の事は、此れ男子担当の志此の如きを謂ふなり。陳澔此を引いて射義を註す、極めて是なり。
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福翁自伝・王政維新・教員金の多少を争う右の通り三田の新塾は万事都合能く行われて、塾の資本金こそ皆無なれ、生徒から毎月の授業料を取集めて之を教師に分配して、如何やら斯うやら立行くその中にも、教師は皆本塾の先進生であるから、この塾に居て余計な金を取ろうと云う考はない。第一私が一銭でも塾の金を取らぬのみか、普請の時などには毎度此方から金を出して遣る。教師達もその通りで、外に出れば随分給料の取れるのを取らずに塾の事を勤めるから、是れも私金を出すと同じ事である。凡そコンナ風で無資金の塾も維持が出来たが、その時の真面目を申せば、月末などに金を分配するとき、動もすれば教師の間に議論が起るその議論は即ち金の多少を争う議論で、僕はコンなに多く取る訳けはない、君の方が少ないと云うと、「イヤ爾うでない、僕は是れで沢山だ、イヤ多い、少ないと、喧嘩のように云てるから、私は側から見て、「ソリゃ又始まった、大概にして置きなさい、ドウせ足りない金だから宜い加減にして分けて仕舞え、争う程の事でもないと毎度笑て居ました。この通りで慶應義塾の成立は、教師の人々がこの塾を自分のものと思うて勉強したからの事です。決して私一人の力に叶う事ではない。人間万事余り世話をせずに放任主義の方が宜いかと思われます。その後時勢も次第に進歩するに従い、塾の維持金を集め、又大学部の為めにも募り、近来は又重ねて募集金を始めましたが、是れも私は余り深く関係せず、一切の事を塾出身の若い人に任せて居ます。
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『潜夫論』救邊衝を折き民を安んずるは、要は賢に任ずるに在り、境を促むるに在らず。斉・魏の守りを卻け、国以て安んぜず、子嬰自ら削り、秦以て在らず。武皇帝夷を攘い境を拆き、麵ること数千里。東は楽浪を開き、西は敦煌を置き、南は交阯を逾え、北は朔方を築く。卒に南越を定め、大宛を誅斬し、武軍の向う所、夷滅せざる無し。今虜近く封畿の内に発して、擒にする能わざるは、亦た自ら痛むのみ、辺有るの過ちに非ざるなり。唇亡べば歯寒く、体傷つけば心痛むは、必然の事、又何ぞ疑わんや。君子は機を見る、況んや已に著るるをや。乃者辺の害、震うこと雷霆の如く、赫たること日月の如くにして、談ずる者皆之を諱み、日に焱並んで竊盗す、浅浅として善く靖んじ、君子をして怠らしめんとし、朝廷をして寇を以て小と為し、蚤に憂えざらしめんと欲す。害乃ち此に至るも、尚お救うを欲せず。諺に曰く、「痛み身に著かざれば之を忍ぶと言い、銭家を出でざれば之を与うと言う」と。仮使い公卿の子弟、羌禍を被り、朝夕切急なること辺民の如き者有らば、則ち競いて当に羌を誅すべしと言わん。今苟くも己に惨怛冤痛無きを以て、故に端坐して相い仍ぎ、又防禦の備えを明らかに修めず、陶陶として閑澹、臥して天聴に委ぬ。羌独り往来し、深く入りて多く殺すも、己は乃ち陸陸として、相い将いて闕に詣り、辞を諧え礼謝し、退きて状を云う。
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『論語と算盤』仁義と富貴・真正の利殖法試みに例えば石油であるとか、もしくは製粉であるとか、あるいは人造肥料であるというような業務について考えて見ても、もし利益を進めるという観念がなくて、成り行き次第でどうでもよいというような風にやったならば、決して事業が発達するものではない。富の増進するものでないことは明らかである。仮にもしその仕事が自己の利害に関係せず、人ごとに儲かっても己れの仕合わせにならぬ、損しても不仕合わせにならぬということであったならば、その事業は完全に進まぬけれども、己れの仕事であれば、この物を進めたい、この仕事を発達せしむるということは争うべからざる事実である。されば、もしそういう観念から他の事を凌いで、あるいは世の中の大勢を知らず、あるいは事情を察せずに、我さえ善ければよいということであったならば、いかになるか。必ずともにその不幸を蒙って、己れ一人を利そうと思った、その己れもまた不幸を蒙るということになるのである。
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説苑・政理晋の文侯、政を舅犯に問う。舅犯対えて曰く、「熟を分つは腥を分つに如かず、腥を分つは地を分つに如かず。割きて以て民に分ち、其の爵禄を益せば、是を以て上地を得れば民富むを知り、上地を失えば民貧しきを知る。古の所謂師を致して戦うとは、其れ此を之謂うなり。」
人生を、一行の式にしてみた。
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