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福沢諭吉小品集 / 学問の独立・第14段

然らばすなわち全国学問の事においても、教育の針路を定めて後進の学生を導き、文を教え芸学を授くる者は、必ず少年の時より身みずから教育を受けて、また他人を教育し、教場実際の経験ある者にして、はじめてその任にあたるべし。すなわち学者をして学問教育の事を司らしむべきゆえんなれども、また一方より見れば、全国の教育事務はひとり学者のみに任すべからず。これを管理してその事を整斉せしむるには、行政の権力を用いて、いわゆる事務家の働に依頼せざるをえず。 学者が政権によりて学問を人に強いんとし、事務家が学問の味を知らずして漫にこれを支配せんとするは、軍人が海陸軍の庶務をかねて、庶務の吏人が戦陣の事を差図せんとするに異ならず。両ながら労して効なきのみならず、かえって全国の成跡を妨ぐるに足るべきのみ。海陸軍の医士、法学士、または会計官が、戦士を指揮して操練せしめ、または戦場の時機進退を令するの難きは、人皆これを知りながら、政治の事務家が教育の法方を議し、その書籍を撰定し、または教場の時間、生徒の進退を指令するの難きを知らざる者あらんや。我が輩の開陳するところ、必ずしも妄漫ならざるを許す者あるべしと、あえて自からこれを信ずるなり。 帝室より私学校を保護せらるるの事については、その資金をいかんするやとの問題もあれども、この一条はもっとも容易なることにして、心を労するに足らず。我が輩の持論は、今の帝室費をはなはだ不十分なるものと思い、大いにこれを増すか、または帝室御有の不動産にても定められたきとのことは、毎度陳述するところにして、もしも幸にして我が輩の意見の如くなることもあらば、私学校の保護の如き、全国わずかに幾十万円をもって足るべし。 あるいは一時巨額の資本を附与せらるるとて、また、ただ幾百万円の金を無利足にして永代貸下ぐるの姿に異ならず。決して帝室の大事と称すべきほどのものに非ず。あるいは今の政府の財政困難にして、帝室費をも増すにいとまあらずといわんか。極度の場合においては、国庫の出納を毫も増減せずして、実際の事は挙行すべし。

書き下し

然らばすなわち全国学問の事においても、教育の針路を定めて後進の学生を導き、文を教え芸学を授くる者は、必ず少年の時より身みずから教育を受けて、また他人を教育し、教場実際の経験ある者にして、はじめてその任にあたるべし。すなわち学者をして学問教育の事を司らしむべきゆえんなれども、また一方より見れば、全国の教育事務はひとり学者のみに任すべからず。これを管理してその事を整斉せしむるには、行政の権力を用いて、いわゆる事務家の働に依頼せざるをえず。 学者が政権によりて学問を人に強いんとし、事務家が学問の味を知らずして漫にこれを支配せんとするは、軍人が海陸軍の庶務をかねて、庶務の吏人が戦陣の事を差図せんとするに異ならず。両ながら労して効なきのみならず、かえって全国の成跡を妨ぐるに足るべきのみ。海陸軍の医士、法学士、または会計官が、戦士を指揮して操練せしめ、または戦場の時機進退を令するの難きは、人皆これを知りながら、政治の事務家が教育の法方を議し、その書籍を撰定し、または教場の時間、生徒の進退を指令するの難きを知らざる者あらんや。我が輩の開陳するところ、必ずしも妄漫ならざるを許す者あるべしと、あえて自からこれを信ずるなり。 帝室より私学校を保護せらるるの事については、その資金をいかんするやとの問題もあれども、この一条はもっとも容易なることにして、心を労するに足らず。我が輩の持論は、今の帝室費をはなはだ不十分なるものと思い、大いにこれを増すか、または帝室御有の不動産にても定められたきとのことは、毎度陳述するところにして、もしも幸にして我が輩の意見の如くなることもあらば、私学校の保護の如き、全国わずかに幾十万円をもって足るべし。 あるいは一時巨額の資本を附与せらるるとて、また、ただ幾百万円の金を無利足にして永代貸下ぐるの姿に異ならず。決して帝室の大事と称すべきほどのものに非ず。あるいは今の政府の財政困難にして、帝室費をも増すにいとまあらずといわんか。極度の場合においては、国庫の出納を毫も増減せずして、実際の事は挙行すべし。

現代語訳

そうであれば、全国の学問のことにおいても、教育の針路を定めて後進の学生を導き、文を教え学芸を授ける者は、必ず少年のときから自ら教育を受けて、また他人を教育し、教場での実際の経験がある者がはじめてその任に当たるべきです。つまり学者に学問教育の事を司らせるべき理由ですが、また一方から見れば、全国の教育事務は学者だけに任せることはできません。これを管理して整った状態にするには、行政の権力を用い、いわゆる事務家の働きに頼らざるをえません。 学者が政権によって学問を人に強いようとし、事務家が学問の味を知らないでむやみにこれを支配しようとするのは、軍人が海陸軍の庶務を兼ね、庶務の役人が戦陣の事を指図しようとするのと変わりません。双方とも苦労して効果がないだけでなく、かえって全国の成果を妨げるだけです。海陸軍の医者、法学者、会計官が戦士を指揮して訓練させ、または戦場での機を見て進退を命じることの難しさは、人が皆これを知っているのに、政治の事務家が教育の方法を議論し、その書物を選定し、または教場の時間や生徒の進退を指令することの難しさを知らない者がいるでしょうか。私の述べるところが、必ずしもでたらめでないことを認める者がいるに違いないと、あえて自らこれを信じます。 帝室から私学校を保護される事については、その資金をどうするのかという問題もありますが、この一条は最も容易なことで、心を労するには足りません。私の持論は、今の帝室費をはなはだ不十分なものと思い、大いにこれを増すか、または帝室御有の不動産でも定められたいということで、毎度述べているところですが、もし幸いにして私の意見のようになるなら、私学校の保護などは、全国でわずか数十万円で足りるでしょう。 あるいは一時に巨額の資本を付与されるといっても、それはただ数百万円の金を無利子で永代貸し下げる形と変わりません。決して帝室の大事というほどのものではありません。あるいは今の政府は財政が困難で、帝室費を増やす余裕もないと言うでしょうか。極限の場合には、国庫の出納を少しも増減させずに、実際の事は実行できます。

解説

教える専門家と管理する事務家は、それぞれ他方の領分に踏み込むと効果が出ない、という均衡の主張です。軍隊の例で、門外漢に指揮されることの難しさを示します。後半は、帝室費を増やして私学校を保護する財源案が続き、官民の資金の流れを具体的に設計しようとする福沢の実務感覚が見えます。専門職とマネジメント職の関係を考える際の手がかりになります。福沢の主張に同意するかどうかは別に、役割分担の論理は参考になります。

この章句が説くこと

学者と事務家教場の経験軍隊のたとえ帝室費私学校の保護国庫の出納

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