説苑 / 政理
晉文侯問政於舅犯,舅犯對曰:「分熟不如分腥,分腥不如分地;割以分民而益其爵祿,是以上得地而民知富,上失地而民知貧,古之所謂致師而戰者,其此之謂也。」
新字:晉文侯問政於舅犯,舅犯対曰:「分熟不如分腥,分腥不如分地;割以分民而益其爵禄,是以上得地而民知富,上失地而民知貧,古之所謂致師而戦者,其此之謂也。」
書き下し
晋の文侯、政を舅犯に問う。舅犯対えて曰く、「熟を分つは腥を分つに如かず、腥を分つは地を分つに如かず。割きて以て民に分ち、其の爵禄を益せば、是を以て上地を得れば民富むを知り、上地を失えば民貧しきを知る。古の所謂師を致して戦うとは、其れ此を之謂うなり。」
現代語訳
晋の文侯が舅犯に政治について尋ねた。舅犯は答えた。「調理した肉を分け与えるのは、生の肉を分け与えるのに及ばない。生の肉を分け与えるのは、土地そのものを分け与えるのに及ばない。土地を割いて民に分け与え、その爵位と俸禄を増やせば、君主が土地を得れば民は自分たちも富むと分かり、君主が土地を失えば民は自分たちも貧しくなると分かる。昔からいわゆる『兵を集めて戦う』というのは、まさにこのこと(利害を共有させて民の戦意を引き出すこと)を言うのである。」
解説
「熟を分つより腥を分つ、腥を分つより地を分つ」という三段階の比喩は、恩恵の分け与え方にも本質的な深さの違いがあることを鋭く示している。調理済みの肉という一時的な施しよりも、生肉という自分で加工できるもの、さらにそれよりも土地という永続的な生産基盤そのものを分け与えることが、民の忠誠と戦意を引き出す最も確実な方法だという論理である。これは現代組織における報酬設計にも通じ、一時的なボーナスよりも、権限や資産、株式のような継続的な利害の共有こそが、構成員に当事者意識と一体感をもたらすという教訓として読み替えることができる。君主の得失がそのまま自分の得失になると民が実感して初めて、真の一体感が生まれるのである。
この章句が説くこと
利害共有当事者意識報酬の設計
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