福沢諭吉小品集 / 学問の独立・第16段
我が輩ひと通りの考にては、この言はまったく俗吏論にして、学者の心事を知らざるものなりと一抹し去らんとしたれども、また退いて再考すれば、学者先生の中にもずいぶん俗なる者なきに非ず、あるいは稀には何官・何等出仕の栄をもって得々たる者もあらん。然りといえども、学者中たといこの臭気の人物ありとするも、これを処することまた、はなはだ易し。まず利禄をもっていえば、学校の官私を問わず、俸給はいぜんとして旧の如くなるべし。また、利禄をさりて身分の一段にいたりては、帝室より天下の学者を網羅してこれに位階勲章を賜わらば、それにて十分なるべし。 そもそも位階勲章なるものは、ただ政府中に限るべきものに非ず。官吏の辞職するは政府を去るものなれども、その去るときに位階勲章を失わず、あるいは華族の如き、かつて政府の官途に入らざるも必ず位階を賜わるは、その家の栄誉を表せらるるの意ならん。されば位階勲章は、官吏が政府の職を勤むるの労に酬いるに非ずして、ただ普通なる日本人の資格をもって、政府の官職をも勤むるほどの才徳を備え、日本国人の中にて抜群の人物なりとて、その人物を表するの意ならん。官吏の内にても、一等官の如きはもっとも易からざる官職にして、尋常の才徳にては任に堪え難きものなるに、よくその職を奉じて過失もなきは、日本国中稀有の人物にして、その天稟の才徳、生来の教育、ともに第一流なりとて、一等勲章を賜わりて貴き位階を授くることならん。
書き下し
我が輩ひと通りの考にては、この言はまったく俗吏論にして、学者の心事を知らざるものなりと一抹し去らんとしたれども、また退いて再考すれば、学者先生の中にもずいぶん俗なる者なきに非ず、あるいは稀には何官・何等出仕の栄をもって得々たる者もあらん。然りといえども、学者中たといこの臭気の人物ありとするも、これを処することまた、はなはだ易し。まず利禄をもっていえば、学校の官私を問わず、俸給はいぜんとして旧の如くなるべし。また、利禄をさりて身分の一段にいたりては、帝室より天下の学者を網羅してこれに位階勲章を賜わらば、それにて十分なるべし。 そもそも位階勲章なるものは、ただ政府中に限るべきものに非ず。官吏の辞職するは政府を去るものなれども、その去るときに位階勲章を失わず、あるいは華族の如き、かつて政府の官途に入らざるも必ず位階を賜わるは、その家の栄誉を表せらるるの意ならん。されば位階勲章は、官吏が政府の職を勤むるの労に酬いるに非ずして、ただ普通なる日本人の資格をもって、政府の官職をも勤むるほどの才徳を備え、日本国人の中にて抜群の人物なりとて、その人物を表するの意ならん。官吏の内にても、一等官の如きはもっとも易からざる官職にして、尋常の才徳にては任に堪え難きものなるに、よくその職を奉じて過失もなきは、日本国中稀有の人物にして、その天稟の才徳、生来の教育、ともに第一流なりとて、一等勲章を賜わりて貴き位階を授くることならん。
現代語訳
私のひと通りの考えでは、この言葉はまったく役人根性の論で、学者の心事を知らないものだと一蹴しようとしましたが、また退いて再考すると、学者先生の中にもずいぶん俗な者がいないわけではなく、あるいは稀には何官、何等出仕の栄誉を得意がる者もいるでしょう。とはいえ、学者の中にたとえこのような臭気のある人物がいるとしても、これに対処するのもまた、たいへん容易です。まず利禄でいえば、学校の官私を問わず、俸給は以前のとおりでしょう。また、利禄を離れて身分の面では、帝室から天下の学者を網羅して、位階や勲章を賜れば、それで十分でしょう。 そもそも位階や勲章というものは、ただ政府の中に限られるものではありません。官吏が辞職するのは政府を去ることですが、その去るときに位階や勲章を失わず、あるいは華族のように、かつて政府の官職に就かなくても必ず位階を賜るのは、その家の栄誉を表彰する意味でしょう。そうであれば、位階や勲章は、官吏が政府の職を勤める労に酬いるものではなく、ただ普通の日本人の資格をもって、政府の官職をも勤められるほどの才徳を備え、日本国民の中で抜群の人物であるとして、その人物を表彰する意味でしょう。官吏の中でも、一等官のような者は最も容易でない官職で、尋常の才徳では任に堪えがたいのに、よくその職を奉じて過失もないのは、日本国中でも稀有の人物で、その天性の才徳も、生まれてからの教育も、ともに第一流であるとして、一等勲章を賜り貴い位階を授けるのでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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福沢諭吉小品集・学問の独立・第20段もとより高尚なる理論上よりいえば、位階勲章の如き、まことに俗中の俗なるものにして、歯牙にとどむべきに非ずというといえども、これはただ学者普通の公言にして、その実は必ずしも然らず。真実に脱俗して栄華の外に逍遥し、天下の高処におりて天下の俗を睥睨するが如き人物は、学者中、百に十を見ず、千万中に一、二を得るも難きことならん。いわんや日本国中栄誉の得べきものなければ、すなわち止まんといえども、等しく国民の得べきものにして、かれはこれを得て、これは得ずとあれば、ことさらに辱しめらるるの念慮なきを得ず。これをも忍びて塵俗の外に悠々たるべしとは、今の学者に向って望むべからざることならんのみ。 右の次第にて、学者の栄誉を表するがために位階勲章を賜わるは、まことに尋常の事にして、政府の官吏にのみこれを賜わるの多きこそ、かえって人の耳目を驚かすべきほどの次第なれば、今回幸にして行政官直轄の諸学校を私立の体に改革せられたらば、その教員の輩はもとより無官の人民なれども、いずれも皆少小の時より学に志して、自身を研き他を教育するの技倆ある人物にして、日本国中、学問の社会においては、長者先進と称すべき者なるがゆえに、その人物に相当すべき位階勲章を賜わるは事の当然にして、本人等の満足すべきのみならず、またもって帝室の無偏・無党にして、日本国の全面を通覧せられ、政治も学問も同一視し給うとの盛意を示すに足るべきことと信ずるなり。
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福沢諭吉小品集・学問の独立・第17段されば官吏が職を勤むるの労に酬いるには月給をもってし、数をもっていえば、百の労と百の俸給とまさしく相対して、その有様はほとんど売買の主義に異ならず。この点より論ずるときは、仕官もまた営業渡世の一種なれども、俸給の他に位階勲章をあたうるは、その労力の大小にかかわらず、あたかも日本国中の人物を排列してその段等を区別するものにして、官途にはおのずから抜群の人物多きがゆえに、位階勲章を得る者の数も官途に多きゆえんなり。政府の故意にして、ことさらに官途の人のみにこれをあたうるに非ず、官職の働はあたかも人物の高低をはかるの測量器なるがゆえに、ひとたび測量してこれを表するに位階勲章をもってして、その地位すでに定まるときは、本人の働は何様にてもこれに関することなく、地位は生涯その身につきて離れざるものなり。すなわち、辞職の官吏も、その位階勲章をば生涯失うことなきを見て、これを知るべし。 位階勲章はただちに帝室より出ずるものにして、政府吏人の毫もあずかり知るべきものに非ず。而してその帝室は日本国全体の帝室にして、政府一局部の帝室に非ず。帝室もとより政府に私せず。政府もとより帝室を私せず。無偏・無党の帝室は、帝国の全面を照らして、そのいずれに厚からず、またいずれに薄からず、帝室より降臨すれば、政治の社会も学問の社会も、宗旨も道徳も技芸も農商も、一切万事、要用ならざるものなし。いやしくもこれらの事項について抜群の人物あれば、すなわちこれを賞してその抜群なるを表す。位階勲章の精神は、けだしここにあって存するものならん。
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福沢諭吉小品集・学問の独立・第19段一国文明のために学問の貴重なること、すでに明らかなれば、その学問社会の人を尊敬してこれに位階勲章をあたうるは、まことに尋常の法にして、さらに天下の耳目を驚かすほどの事に非ず。すなわち学問社会上流の人物は、政事社会上流の人物と、正しく同等の地位に立ちて毫も軽重あるべからず。ただ、相互にその事業を干渉せざるのみ。 朝廷には位を貴び、郷党には齢を貴ぶというは、政府の官職貴きも、これをもって郷党民間の交際を軽重するに足らずとの意味ならん。いわんや学問社会に対するにおいてをや。政府の官途に奉職すればとて、その尊卑は毫も効なきものと知るべし。仏蘭西の大学校にて、第一世ナポレオンはその学事会員たるを得たれども、第三世ナポレオンはついにこれを許されざりしという。同国にて学権の強大なること、もって証すべし。 我が日本国にても、政府の官職はただ在職中の等級のみにて、このほかに位階勲章の制を立てず、尊卑はただ政府中、官吏相互の等級にして、かつて政府外に通用せざるものなれば、私の会社中に役員の等級あるが如くにして、他に影響すること少なからんといえども、いやしくもその人の事業にかかわらずして、その身を軽重するの法あるからには、その法は須らく全国人民に及ぼして、政府の内と外とに差別するところあるべからざるなり。官吏も日本政治社会の官吏なり、学者も日本学問社会の学者なり。その事業こそ異なれども、その人物の軽重にいたりては、毫も異なることなくして、ただ偶然にこの人物が学問に志して学者の業に安んずるがゆえに、その身の栄誉を表するの方便を得ず。かの人物が偶然に仕官に志して官吏の業につきたるがために、利禄にかねて栄誉を得るとは、人事の公平なるものというべからず。
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福沢諭吉小品集・学問の独立・第23段けだし意味深遠なる著書は読者の縁もまた遠くして、発兌の売買上に損益相償うを得ず、これを流行近浅の雑書に比すれば、著作の心労は幾倍にして、所得の利益は正しくその割合に少なし。大著述の世に出でざるも偶然に非ざるなり。いずれも皆、学問上には憂うべきの大なるものにして、その憂の原因は学者の身に閑なくして家に恒産なきがためなり。ゆえに今、帝室より私学校を保護するに、かねて、学者の篤志なるものを撰び、これに年金をあたえて、その生涯安身の地位を得せしめたらば、おのずから我が学問社会の面目を改めて、日新の西洋諸国に並立し、日本国の学権を拡張して、鋒を海外に争うの勢にいたるべきなり。 財政の一方より論ずれば、常式の官職もなきものへ毎年若干の金をあたうるは不経済にも似たれども、常式の官員とて必ずしも事実今日の政務に忙わしくする者のみに非ず。政府中に散官なるものありて、その散官の中には学者も少なからず。 たとい、あるいは散官ならざるも、生来文事をもってあたかもその人の体格を組織したる人物は、これを政事に用いてその用をなすに足らず。学者はこれに事を諮問するに適して、これに事を任するに不便利なり。かかる人物を政府の区域中に入れて、その不慣なる衣冠をもって束縛するよりも、等しく銭をあたうるならば、これを俗務外に安置して、その生計を豊にし、その精神を安からしむるに若かず。元老院中二、三の学者あるも、その議事これがために色を添うるに非ず。海陸軍中一、二の文人あるも、戦場の勝敗に関すべきに非ず。あるいは学者文人に諮問の要もあらば、その時にしたがいてこれに問うこと、はなはだ易し。国の大計より算すれば、年金の法、決して不経済ならざるなり。
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福沢諭吉小品集・学問の独立・第14段然らばすなわち全国学問の事においても、教育の針路を定めて後進の学生を導き、文を教え芸学を授くる者は、必ず少年の時より身みずから教育を受けて、また他人を教育し、教場実際の経験ある者にして、はじめてその任にあたるべし。すなわち学者をして学問教育の事を司らしむべきゆえんなれども、また一方より見れば、全国の教育事務はひとり学者のみに任すべからず。これを管理してその事を整斉せしむるには、行政の権力を用いて、いわゆる事務家の働に依頼せざるをえず。 学者が政権によりて学問を人に強いんとし、事務家が学問の味を知らずして漫にこれを支配せんとするは、軍人が海陸軍の庶務をかねて、庶務の吏人が戦陣の事を差図せんとするに異ならず。両ながら労して効なきのみならず、かえって全国の成跡を妨ぐるに足るべきのみ。海陸軍の医士、法学士、または会計官が、戦士を指揮して操練せしめ、または戦場の時機進退を令するの難きは、人皆これを知りながら、政治の事務家が教育の法方を議し、その書籍を撰定し、または教場の時間、生徒の進退を指令するの難きを知らざる者あらんや。我が輩の開陳するところ、必ずしも妄漫ならざるを許す者あるべしと、あえて自からこれを信ずるなり。 帝室より私学校を保護せらるるの事については、その資金をいかんするやとの問題もあれども、この一条はもっとも容易なることにして、心を労するに足らず。我が輩の持論は、今の帝室費をはなはだ不十分なるものと思い、大いにこれを増すか、または帝室御有の不動産にても定められたきとのことは、毎度陳述するところにして、もしも幸にして我が輩の意見の如くなることもあらば、私学校の保護の如き、全国わずかに幾十万円をもって足るべし。 あるいは一時巨額の資本を附与せらるるとて、また、ただ幾百万円の金を無利足にして永代貸下ぐるの姿に異ならず。決して帝室の大事と称すべきほどのものに非ず。あるいは今の政府の財政困難にして、帝室費をも増すにいとまあらずといわんか。極度の場合においては、国庫の出納を毫も増減せずして、実際の事は挙行すべし。
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『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事偖て十二階の大がい、宰相くんなり、それ階をも立てをくときは、この方はとらへものあるゆゑ無理と云ふにも、御威勢はかりとむのすちにもならぬ徳あり、又た高家なとの侍従も勲階を勲六等にして置くときは、かた〳〵に大名小別なる所ありて宜しきなり、且つ又た天下の諸大名皆々御家来なれとも、官位は上方より綸旨位記を下さるゝことなる故、下心には禁裡を真の君と存するともがらもあるへし、当分唯々御威勢に恐れて御家来分になりたると云ふまてのことなとゝ心根失せすんは、世の末になりたらん時安心なり難き筋もあるなり、関東にては装束をも烏帽子直垂まてにして、これに十二階級を拵へ置き、官位に付きての装束は御上洛のときはかり用ゆることに定め置き、宰相中将少将侍従四品諸大夫等の官位は唯々上の徽章まて心得させ、実は勲階の方を重く取り行はゝ、人は仕くせと云ふもの大切なることにて、年久しく斯の如く仕くせを付けたらんには公武各別の詮慥かに立つへし、惣して御政務の筋何ことも堂上方邪魔となりて上の御心一はいに、御執行ひ遊はされ難き筋有るやうなれば此愚按に及ぶなり、
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