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福翁自伝 / 王政維新・上野の戦争

新銭座の塾は幸に兵火の為めに焼けもせず、教場もどうやらこうやら整理したが、世間は中々喧しい。明治元年の五月、上野に大戦争が始まって、その前後は江戸市中の芝居も寄席も見世物も料理茶屋も皆休んで仕舞て、八百八町は真の闇、何が何やら分らない程の混乱なれども、私はその戦争の日も塾の課業を罷めない。上野ではどん/″\鉄砲を打て居る、けれども上野と新銭座とは二里も離れて居て、鉄砲玉の飛で来る気遣はないと云うので、丁度あの時私は英書で経済の講釈をして居ました。大分騒々敷い容子だが烟でも見えるかと云うので、生徒等は面白がって梯子に登て屋根の上から見物する。何でも昼から暮過ぎまでの戦争でしたが、此方に関係がなければ怖い事もない。

書き下し

新銭座の塾は幸に兵火の為めに焼けもせず、教場もどうやらこうやら整理したが、世間は中々喧しい。明治元年の五月、上野に大戦争が始まって、その前後は江戸市中の芝居も寄席も見世物も料理茶屋も皆休んで仕舞て、八百八町は真の闇、何が何やら分らない程の混乱なれども、私はその戦争の日も塾の課業を罷めない。上野ではどん/″\鉄砲を打て居る、けれども上野と新銭座とは二里も離れて居て、鉄砲玉の飛で来る気遣はないと云うので、丁度あの時私は英書で経済の講釈をして居ました。大分騒々敷い容子だが烟でも見えるかと云うので、生徒等は面白がって梯子に登て屋根の上から見物する。何でも昼から暮過ぎまでの戦争でしたが、此方に関係がなければ怖い事もない。

現代語訳

新銭座の塾は幸いに戦火のために焼けることもなく、教場もどうにかこうにか整えましたが、世間はなかなかうるさい状況でした。明治元年の五月、上野で大きな戦争が始まって、その前後は江戸市中の芝居も寄席も見世物も料理茶屋もみな休んでしまい、八百八町は真っ暗闇で、何が何やら分からないほどの混乱でしたが、私はその戦争の日も塾の授業をやめませんでした。上野ではどんどん鉄砲を撃っています。けれども上野と新銭座とは二里も離れていて、鉄砲の弾が飛んでくる心配はないというので、ちょうどあのとき私は、英書で経済の講義をしていました。ずいぶん騒がしい様子だが煙でも見えるかというので、生徒たちは面白がって、梯子に登って屋根の上から見物します。何でも昼から日暮れ過ぎまでの戦争でしたが、こちらに関係がなければ怖いこともありません。

解説

明治元年五月の上野戦争の最中にも、福沢は塾で英書の経済講義を続けました。上野彰義隊と新政府軍の戦いで、江戸の町が静まり返っていた日です。二里離れていれば関係がないと割り切り、生徒は屋根から見物までしたという描写に、肝の据わった落ち着きがにじみます。大きな混乱のなかでも、自分の持ち場の仕事を止めない。それが後の塾の信頼につながっていきます。外の騒ぎに巻き込まれすぎず、当面の本業を進める判断は、危機の場面でも組織の軸を保つ手がかりです。

この章句が説くこと

上野戦争経済講義授業継続江戸落ち着き慶応義塾

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