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福翁自伝 / 王政維新・日本国中唯慶應義塾のみ

此方がこの通りに落付払て居れば、世の中は広いもので又妙なもので、兵馬騒乱の中にも西洋の事を知りたいと云う気風は何処かに流行して、上野の騒動が済むと奥州の戦争と為り、その最中にも生徒は続々入学して来て、塾はます/\盛になりました。顧みて世間を見れば、徳川の学校は勿論潰れて仕舞い、その教師さえも行衛が分らぬ位、況して維新政府は学校どころの場合でない、日本国中苟も書を読で居る処は唯慶應義塾ばかりと云う有様で、その時に私が塾の者に語たことがある。昔し/\拿破翁の乱に和蘭国の運命は断絶して、本国は申すに及ばず印度地方まで悉く取られて仕舞て、国旗を挙げる場所がなくなった。所が、世界中纔に一箇処を遺した。ソレは即ち日本長崎の出島である。出島は年来和蘭人の居留地で、欧洲兵乱の影響も日本には及ばずして、出島の国旗は常に百尺竿頭に飜々して和蘭王国は曾て滅亡したることなしと、今でも和蘭人が誇て居る。シテ見るとこの慶應義塾は日本の洋学の為めには和蘭の出島と同様、世の中に如何なる騒動があっても変乱があっても未だ曾て洋学の命脈を断やしたことはないぞよ、慶應義塾は一日も休業したことはない、この塾のあらん限り大日本は世界の文明国である、世間に頓着するなと申して、大勢の少年を励ましたことがあります。

新字:此方がこの通りに落付払て居れば、世の中は広いもので又妙なもので、兵馬騒乱の中にも西洋の事を知りたいと云う気風は何処かに流行して、上野の騒動が済むと奥州の戦争と為り、その最中にも生徒は続々入学して来て、塾はます/\盛になりました。顧みて世間を見れば、徳川の学校は勿論潰れて仕舞い、その教師さえも行衛が分らぬ位、況して維新政府は学校どころの場合でない、日本国中苟も書を読で居る処は唯慶応義塾ばかりと云う有様で、その時に私が塾の者に語たことがある。昔し/\拿破翁の乱に和蘭国の運命は断絶して、本国は申すに及ばず印度地方まで悉く取られて仕舞て、国旗を挙げる場所がなくなった。所が、世界中纔に一箇処を遺した。ソレは即ち日本長崎の出島である。出島は年来和蘭人の居留地で、欧洲兵乱の影響も日本には及ばずして、出島の国旗は常に百尺竿頭に翻々して和蘭王国は曽て滅亡したることなしと、今でも和蘭人が誇て居る。シテ見るとこの慶応義塾は日本の洋学の為めには和蘭の出島と同様、世の中に如何なる騒動があっても変乱があっても未だ曽て洋学の命脈を断やしたことはないぞよ、慶応義塾は一日も休業したことはない、この塾のあらん限り大日本は世界の文明国である、世間に頓着するなと申して、大勢の少年を励ましたことがあります。

書き下し

此方がこの通りに落付払て居れば、世の中は広いもので又妙なもので、兵馬騒乱の中にも西洋の事を知りたいと云う気風は何処かに流行して、上野の騒動が済むと奥州の戦争と為り、その最中にも生徒は続々入学して来て、塾はます/\盛になりました。顧みて世間を見れば、徳川の学校は勿論潰れて仕舞い、その教師さえも行衛が分らぬ位、況して維新政府は学校どころの場合でない、日本国中苟も書を読で居る処は唯慶應義塾ばかりと云う有様で、その時に私が塾の者に語たことがある。昔し/\拿破翁の乱に和蘭国の運命は断絶して、本国は申すに及ばず印度地方まで悉く取られて仕舞て、国旗を挙げる場所がなくなった。所が、世界中纔に一箇処を遺した。ソレは即ち日本長崎の出島である。出島は年来和蘭人の居留地で、欧洲兵乱の影響も日本には及ばずして、出島の国旗は常に百尺竿頭に飜々して和蘭王国は曾て滅亡したることなしと、今でも和蘭人が誇て居る。シテ見るとこの慶應義塾は日本の洋学の為めには和蘭の出島と同様、世の中に如何なる騒動があっても変乱があっても未だ曾て洋学の命脈を断やしたことはないぞよ、慶應義塾は一日も休業したことはない、この塾のあらん限り大日本は世界の文明国である、世間に頓着するなと申して、大勢の少年を励ましたことがあります。

現代語訳

こちらがこの通り落ち着き払っていると、世の中は広いもので、また妙なものでもあり、兵馬騒乱の中にも、西洋のことを知りたいという気風がどこかで流行して、上野の騒動が済むと奥州の戦争となり、その最中にも生徒は続々入学してきて、塾はますます盛んになりました。世間を顧みれば、徳川の学校は当然つぶれてしまい、その教師さえ行方が分からぬほど、まして維新政府は学校どころの場合ではありません。日本国中、およそ書を読んでいるところはただ慶應義塾ばかり、という有様で、その時に私が塾の者に語ったことがあります。 昔々、ナポレオンの乱でオランダ国の運命は断絶して、本国はもちろん、インド地方まですべて取られてしまい、国旗を掲げる場所がなくなった。ところが世界中でわずかに一か所を残した。それが日本の長崎の出島である。出島は年来オランダ人の居留地で、ヨーロッパの兵乱の影響も日本には及ばず、出島の国旗は常に百尺竿頭にひるがえり、オランダ王国はかつて滅亡したことがないと、今でもオランダ人が誇っている。してみると、この慶應義塾は日本の洋学のために、オランダの出島と同様、世の中にどんな騒動があっても、変乱があっても、いまだかつて洋学の命脈を絶やしたことはないぞ。慶應義塾は一日も休業したことはない。この塾のある限り、大日本は世界の文明国である。世間にとらわれるな、と言って、大勢の少年を励ましたことがあります。

解説

戊辰戦争のさなかにも、洋学を学びたい若者は集まり、慶應義塾は盛んになったと福沢は語ります。そのうえでオランダの出島の例えを引き、日本の洋学の命脈を絶やさない場だと塾生を励ましました。ナポレオン戦争でオランダ本国が占領されても、出島では国旗が掲げ続けられたという故事です。混乱のときほど、何を守る拠点なのかを言葉にして共有することが、人を支えます。自分の組織が守るべきものを、短い比喩で語れるでしょうか。

この章句が説くこと

出島洋学の命脈慶応義塾戊辰戦争休業なし励まし

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