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福翁自伝 / 王政維新

その歳も段々迫て、とう/\慶応三年の暮になって、世の中が物騒になって来たから、生徒も自然にその影響を蒙らなければならぬ。国に帰るもあれば方々に行くもあると云うような訳けで、学生は次第々々に少くなると同時に、今まで私の住で居た鉄砲洲の奥平の邸は、外国人の居留地になるので幕府から上地を命ぜられ、既に居留地になれば私も其処に居られなくなる。ソコで慶応三年十二月の押詰めに、新銭座の有馬と云う大名の中屋敷を買受けて、引移るや否や鉄砲洲は居留地になり、明くれば慶応四年、即ち明治元年の正月早々、伏見の戦争が始まって、将軍慶喜公は江戸へ逃げて帰り、サアそこで又大きな騒ぎになって仕舞た。即ち是れが王政維新の始まり、その時に私は少しも政治上に関係しない。抑も王政維新が政治の始まりであるから、話が少し前に戻って長くなりますけれども、一通り私が少年のときからの話をして、政治に関係しない顛末を明にしなければならぬ。

書き下し

その歳も段々迫て、とう/\慶応三年の暮になって、世の中が物騒になって来たから、生徒も自然にその影響を蒙らなければならぬ。国に帰るもあれば方々に行くもあると云うような訳けで、学生は次第々々に少くなると同時に、今まで私の住で居た鉄砲洲の奥平の邸は、外国人の居留地になるので幕府から上地を命ぜられ、既に居留地になれば私も其処に居られなくなる。ソコで慶応三年十二月の押詰めに、新銭座の有馬と云う大名の中屋敷を買受けて、引移るや否や鉄砲洲は居留地になり、明くれば慶応四年、即ち明治元年の正月早々、伏見の戦争が始まって、将軍慶喜公は江戸へ逃げて帰り、サアそこで又大きな騒ぎになって仕舞た。即ち是れが王政維新の始まり、その時に私は少しも政治上に関係しない。抑も王政維新が政治の始まりであるから、話が少し前に戻って長くなりますけれども、一通り私が少年のときからの話をして、政治に関係しない顛末を明にしなければならぬ。

現代語訳

その年もだんだん押し迫って、とうとう慶応三年の暮れになり、世の中が物騒になってきたので、生徒も自然にその影響を受けざるを得ません。国に帰る者もあれば、あちこちに行く者もあるというわけで、学生は次第に少なくなると同時に、今まで私が住んでいた鉄砲洲の奥平の屋敷は、外国人の居留地になるというので幕府から上地を命ぜられ、すでに居留地になれば私もそこにいられなくなります。そこで慶応三年十二月の押し詰めに、新銭座の有馬という大名の中屋敷を買い受けて、引っ越すやいなや鉄砲洲は居留地になり、明けて慶応四年、すなわち明治元年の正月早々、伏見の戦争が始まって、将軍慶喜公は江戸へ逃げ帰り、さあそこでまた大きな騒ぎになってしまいました。これがすなわち王政維新の始まりで、そのとき私は少しも政治上に関係しませんでした。そもそも王政維新が政治の始まりですから、話が少し前に戻って長くなりますけれども、一通り私が少年のときからの話をして、政治に関係しなかった顛末を明らかにしなければなりません。

解説

ここから王政維新の章に入ります。慶応三年の暮れ、世情の不穏で生徒が減り、鉄砲洲の住まいも居留地になるため、福沢は新銭座の有馬家中屋敷を買って移ります。直後の一八六八年一月、鳥羽・伏見の戦いが起き、慶喜は江戸に逃げ帰りました。福沢はここで、維新の渦中にありながら政治に関わらなかった理由を、少年期から説明すると宣言します。これは後に慶應義塾の場所となる新銭座への移転の話でもあります。大きな変動の最中でも、自分は何者で何をしないのかを先に言語化する姿勢が、ここから始まります。

この章句が説くこと

慶応三年新銭座居留地鳥羽伏見王政維新不関与

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