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福翁自伝 / 王政維新・幕府の攘夷主義(1)

幕政の殻威張りが癇癪に障ると云うのは、是れは此方の血気の熱心であるとして姑く差置き、扨この日本を開いて外国交際をドウするかと云うことになっては、如何も見て居られない、と云うのは私は若い時から洋書を読で、夫れから亜米利加に行き、その次には欧羅巴に行き、又亜米利加に行て、只学問ばかりでなく実地を見聞して見れば、如何しても対外国是は斯う云うように仕向けなければならぬと、ボンヤリした処でも外国交際法と云うことに気の付くは当然の話であろう。ソコでその私の考から割出して、この徳川政府を見ると殆んど取所のない有様で、当時日本国中の輿論は都て攘夷で、諸藩残らず攘夷藩で徳川幕府ばかりが開国論のように見えもすれば聞えもするようでありますけれども、正味の精神を吟味すれば天下随一の攘夷藩、西洋嫌いは徳川であると云て間違いはあるまい。或は後年に至て大老井伊掃部頭は開国論を唱えた人であるとか開国主義であったとか云うような事を、世間で吹聴する人もあれば書に著わした者もあるが、開国主義なんて大嘘の皮、何が開国論なものか、存じ掛けもない話だ。井伊掃部頭と云う人は純粋無雑、申分のない参河武士だ。江戸の大城炎上のとき幼君を守護して紅葉山に立退き、周囲に枯草の繁りたるを見て非常の最中不用心なりとて、親から腰の一刀を抜てその草を切払い、手に幼君を擁して終夜家外に立詰めなりしと云う話がある。又この人が京都辺の攘夷論者を捕縛して刑に処したることはあれども、是れは攘夷論を悪む為めではない、浮浪の処士が横議して徳川政府の政権を犯すが故にその罪人を殺したのである。

書き下し

幕政の殻威張りが癇癪に障ると云うのは、是れは此方の血気の熱心であるとして姑く差置き、扨この日本を開いて外国交際をドウするかと云うことになっては、如何も見て居られない、と云うのは私は若い時から洋書を読で、夫れから亜米利加に行き、その次には欧羅巴に行き、又亜米利加に行て、只学問ばかりでなく実地を見聞して見れば、如何しても対外国是は斯う云うように仕向けなければならぬと、ボンヤリした処でも外国交際法と云うことに気の付くは当然の話であろう。ソコでその私の考から割出して、この徳川政府を見ると殆んど取所のない有様で、当時日本国中の輿論は都て攘夷で、諸藩残らず攘夷藩で徳川幕府ばかりが開国論のように見えもすれば聞えもするようでありますけれども、正味の精神を吟味すれば天下随一の攘夷藩、西洋嫌いは徳川であると云て間違いはあるまい。或は後年に至て大老井伊掃部頭は開国論を唱えた人であるとか開国主義であったとか云うような事を、世間で吹聴する人もあれば書に著わした者もあるが、開国主義なんて大嘘の皮、何が開国論なものか、存じ掛けもない話だ。井伊掃部頭と云う人は純粋無雑、申分のない参河武士だ。江戸の大城炎上のとき幼君を守護して紅葉山に立退き、周囲に枯草の繁りたるを見て非常の最中不用心なりとて、親から腰の一刀を抜てその草を切払い、手に幼君を擁して終夜家外に立詰めなりしと云う話がある。又この人が京都辺の攘夷論者を捕縛して刑に処したることはあれども、是れは攘夷論を悪む為めではない、浮浪の処士が横議して徳川政府の政権を犯すが故にその罪人を殺したのである。

現代語訳

幕政の空威張りが癇癪に障るというのは、これはこちらの血気の熱心であるとしてしばらく差し置き、さてこの日本を開いて外国交際をどうするかということになっては、どうも見ていられません。というのは、私は若い時から洋書を読み、それからアメリカに行き、その次にはヨーロッパに行き、またアメリカに行って、ただ学問ばかりでなく実地を見聞してみれば、どうしても対外国是はこういうふうに仕向けなければならないと、ぼんやりとでも外国交際法ということに気がつくのは当然の話でしょう。そこでその私の考えから割り出して、この徳川政府を見ると、ほとんど取る所のない有様で、当時日本国中の世論はすべて攘夷で、諸藩残らず攘夷藩で、徳川幕府ばかりが開国論のように見えも聞こえもしますが、正味の精神を吟味すれば、天下第一の攘夷藩、西洋嫌いは徳川であると言って間違いはあるまい。あるいは後年に至って、大老井伊掃部頭は開国論を唱えた人であるとか、開国主義であったとかいうことを、世間で吹聴する人もあれば書に著した者もありますが、開国主義などとは大嘘の皮、何が開国論なものか、存じがけもない話です。井伊掃部頭という人は、純粋無雑、申し分のない三河武士です。江戸城炎上のとき、幼君を守護して紅葉山に立ち退き、周囲に枯草が茂っているのを見て、非常の最中、不用心だといって、自ら腰の一刀を抜いてその草を切り払い、手に幼君を抱いて終夜屋外に立ち詰めであったという話があります。またこの人が京都辺の攘夷論者を捕縛して刑に処したことはありますが、それは攘夷論を憎むためではなく、浮浪の処士が勝手な議論をして徳川政府の政権を犯すがゆえに、その罪人を殺したのです。

解説

福沢は、幕府は表向き開国でも、実は日本一の攘夷藩だったと断じます。井伊直弼を開国主義者とする後世の評価も、とんでもない誤りだとし、井伊は純粋な三河武士であり、攘夷論者を処罰したのも幕府の政権を犯したためで、攘夷を憎んだからではないと書きます。歴史の通説を同時代の観察者として疑う視点が目立つ箇所です。看板としての方針と、組織の本音が食い違うことは現代でもあります。表明された方針ではなく、実際の行動と動機を見るという見方は、組織の判断や取引先の見極めにも役立ちます。

この章句が説くこと

対外国是開国論攘夷藩井伊直弼三河武士本音と建前

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