福翁自伝 / 再度米国行・長官に対して不従順
全体今度の亜米利加行に就て斯く私が擯斥されたと云うのは、何か私が独り宜いようにあるけれども、実を申せば左様でない、と云うのは元と私は亜米利加に行きたい/\と云て小野友五郎に頼み、同人の信用を得て随行員となった一人であれば、一切万事長者の命令に従いその思う通りの事をしなければ済まない訳けだ。所が実際は爾うでなく、始終逆らうような事をするのみか、明に命令に背いたこともある。例えば彼の在留中、小野も立腹したと見え、私に向て、最早や御用も済みたればお前は今から先きに帰国するが宜しいと云うと、私が不服だ。「此処まで連れて来て散々御用を勤めさせて、用が少なくなったからと云て途中で帰れと云う権力は長官にもなかろう。私は日本を出るとき閣老にお暇乞をして出て来た者である、早く云えば御老中から云付けられて来たのだ。お前さんが帰れと云ても私は帰らないとリキンダのは、私の方が無法であろう。又或日食事の時に私が何か話の序に、全体今の幕府の気が知れない、攘夷鎖港とは何の趣意だ、之が為めに品川の台場の増築とは何の戯れだ、その台場を築いた者はこのテーブルの中にも居るではないか、こんな事で日本国が保てると思うか、日本は大切な国だぞなどゝ、公衆の前で公言したような事は、私の方こそ気違いの沙汰である。成程小野は頑固な人に違いない、けれども私の不従順と云うことも十分であるから、始終嫌われたのは尤も至極、少しも怨む所はない。
書き下し
全体今度の亜米利加行に就て斯く私が擯斥されたと云うのは、何か私が独り宜いようにあるけれども、実を申せば左様でない、と云うのは元と私は亜米利加に行きたい/\と云て小野友五郎に頼み、同人の信用を得て随行員となった一人であれば、一切万事長者の命令に従いその思う通りの事をしなければ済まない訳けだ。所が実際は爾うでなく、始終逆らうような事をするのみか、明に命令に背いたこともある。例えば彼の在留中、小野も立腹したと見え、私に向て、最早や御用も済みたればお前は今から先きに帰国するが宜しいと云うと、私が不服だ。「此処まで連れて来て散々御用を勤めさせて、用が少なくなったからと云て途中で帰れと云う権力は長官にもなかろう。私は日本を出るとき閣老にお暇乞をして出て来た者である、早く云えば御老中から云付けられて来たのだ。お前さんが帰れと云ても私は帰らないとリキンダのは、私の方が無法であろう。又或日食事の時に私が何か話の序に、全体今の幕府の気が知れない、攘夷鎖港とは何の趣意だ、之が為めに品川の台場の増築とは何の戯れだ、その台場を築いた者はこのテーブルの中にも居るではないか、こんな事で日本国が保てると思うか、日本は大切な国だぞなどゝ、公衆の前で公言したような事は、私の方こそ気違いの沙汰である。成程小野は頑固な人に違いない、けれども私の不従順と云うことも十分であるから、始終嫌われたのは尤も至極、少しも怨む所はない。
現代語訳
そもそも今度のアメリカ行きについて、こうして私が排斥されたというのは、何か私だけが正しいようにありますが、実を言えばそうではありません。というのは、もともと私はアメリカに行きたい行きたいと言って小野友五郎に頼み、同人の信用を得て随行員となった一人ですから、一切万事、上役の命令に従ってその思う通りのことをしなければ済まないはずです。ところが実際はそうでなく、始終逆らうようなことをするのみか、明らかに命令に背いたこともあります。たとえば向こうに滞在中、小野も立腹したのでしょう、私に向かって、もう御用も済んだのだから、お前は今から先に帰国するがよいと言うと、私は不服です。「ここまで連れてきて、散々御用を勤めさせて、用が少なくなったからといって途中で帰れと言う権力は、長官にもなかろう。私は日本を出るとき閣老にお暇乞いをして出てきた者である。早く言えば老中から言い付けられて来たのだ。お前さんが帰れと言っても私は帰らない」と頑張ったのは、私のほうが無法でしょう。またある日、食事のときに、私が何かの話のついでに、「全体、今の幕府の気が知れない。攘夷鎖港とは何の趣意だ。これのために品川の台場の増築とは何の戯れだ。その台場を築いた者はこのテーブルの中にもいるではないか。こんなことで日本国が保てると思うか。日本は大切な国だぞ」などと、公衆の前で公言したようなことは、私のほうこそ気違い沙汰です。なるほど小野は頑固な人に違いありませんが、私の不従順も十分ですから、始終嫌われたのはもっとも至極で、少しも恨むところはありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『格言聯璧』持躬類・己の不是を見るは萬善の門衆の惡むは必ず察す、衆の好むを必ず察するは易し。 自ら惡むは必ず察す、自ら好むを必ず察するは難し。 人の不是を見るは、諸惡の根なり。 己の不是を見るは、萬善の門なり。 過ちと爲さずの三字、多少の良心を昧卻す。 奈何ともする沒しの三字、多少の體面を抹卻す。
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『呻吟語』内篇・修身・己が惡を攻むる者己が惡を攻むる者は、人の惡を攻むるに顧るを得ず。若し嘵嘵爾として人を雌黃せば、定めて是れ自ら治むること疏なる底ならん。
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『酔古堂剣掃』集醒・時時に檢點し得到る事無ければ便ち閒雜の念頭有りや否やを思ひ、事有れば便ち粗浮の意氣有りや否やを思ふ。意を得れば便ち驕矜の辭色有りや否やを思ひ、意を失へば便ち怨望の情懷有りや否やを思ふ。時時に檢點し得到りて、多より少に入り、有より無に入る、才かに是れ學問の真消息なり。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一夜にして後、けふのわが身のなせるわざを、よくかへりみて、ひが事あらば、後日のかがみとして、改めん事を思ふべし。毎夜かくの如くすべし。一人の身の上、さしあたりて為すべきこと多し。よく思ひて、油断なく、早くつとむべし。油断あれば、急なる事はさしおきて急がず、急ならざる事をいそぎて勤む。緩急をかんがへて、前後の次第を失ふべからす。さして用なき事をつとめ、いたづら事を好みて日をおくるは、はかなしといふべし。若き時は、殊にすべきわざにも心を用ひずして、むなしく過すこと多し。よくよく心をつくべし。
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『近思録』巻2 為学若し往来憧憧然として、其の私心を用ひて以て物に感ずれば、則ち思ひの及ぶ所の者は、能く感じて動く有るも、及ばざる所の者は感ずること能はざるなり。係る有るの私心を以て、既に一隅一事に主たれば、豈に能く廓然として通ぜざる所無からんや。君子の艱阻に遇ふや、必ず自ら身を省みて、失有りて之を致すかと。未だ善ならざる所有れば則ち之を改む。心に歉(あきた)らざる無ければ則ち勉めを加ふ。乃ち自ら其の徳を修むるなり。明に非ざれば則ち動くも之く所無く、動に非ざれば則ち明も用ふる所無し。習は、重ねて習ふなり。時に復た思ひ繹ねて、中に浹洽すれば、則ち説ぶなり。善を以て人に及ぼして信従する者衆し、故に楽しむべきなり。人に及ぼすことを楽しむと雖も、是とせられずして悶ゆる無きは、乃ち所謂君子なり。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一子曰、躬自ら厚くして、人を責むるに薄ければ、うらみに遠ざかる。言ふ意は、わが身の行をあつくし、十分に善くせんことを求めて、常に我が身の行のたらざる事を思ひて、つとめ行ふべし。人の足らざるをゆるして責むべからず。かくの如くすれば、人の怨なし。
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