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福翁自伝 / 大阪を去て江戸に行く・英学発心

ソコデ以て蘭学社会の相場は大抵分て先ず安心ではあったが、扨又此処に大不安心な事が生じて来た。私が江戸に来たその翌年、即ち安政六年、五国条約と云うものが発布になったので、横浜は正しく開けた計りの処、ソコデ私は横浜に見物に行た。その時の横浜と云うものは外国人がチラホラ来て居る丈けで、堀立小屋見たような家が諸方にチョイ/\出来て、外国人が其処に住で店を出して居る。其処へ行て見た所が一寸とも言葉が通じない。此方の云うことも分らなければ、彼方の云うことも勿論分らない。店の看板も読めなければ、ビンの貼紙も分らぬ。何を見ても私の知て居る文字と云うものはない。英語だか仏語だか一向計らない。居留地をブラ/\歩く中に独逸人でキニツフルと云う商人の店に打当た。その商人は独逸人でこそあれ蘭語蘭文が分る。此方の言葉はロクに分らないけれども、蘭文を書けばどうか意味が通ずると云うので、ソコで色々な話をしたり、一寸と買物をしたりして江戸に帰て来た。御苦労な話で、ソレも屋敷に門限があるので、前の晩の十二時から行てその晩の十二時に帰たから、丁度一昼夜歩いて居た訳けだ。

書き下し

ソコデ以て蘭学社会の相場は大抵分て先ず安心ではあったが、扨又此処に大不安心な事が生じて来た。私が江戸に来たその翌年、即ち安政六年、五国条約と云うものが発布になったので、横浜は正しく開けた計りの処、ソコデ私は横浜に見物に行た。その時の横浜と云うものは外国人がチラホラ来て居る丈けで、堀立小屋見たような家が諸方にチョイ/\出来て、外国人が其処に住で店を出して居る。其処へ行て見た所が一寸とも言葉が通じない。此方の云うことも分らなければ、彼方の云うことも勿論分らない。店の看板も読めなければ、ビンの貼紙も分らぬ。何を見ても私の知て居る文字と云うものはない。英語だか仏語だか一向計らない。居留地をブラ/\歩く中に独逸人でキニツフルと云う商人の店に打当た。その商人は独逸人でこそあれ蘭語蘭文が分る。此方の言葉はロクに分らないけれども、蘭文を書けばどうか意味が通ずると云うので、ソコで色々な話をしたり、一寸と買物をしたりして江戸に帰て来た。御苦労な話で、ソレも屋敷に門限があるので、前の晩の十二時から行てその晩の十二時に帰たから、丁度一昼夜歩いて居た訳けだ。

現代語訳

そこで、蘭学社会の相場はおおよそ分って、まず安心ではありましたが、さてまたここに大不安心なことが生じてきました。私が江戸に来たその翌年、すなわち安政六年、五国条約というものが発布になったので、横浜は正しく開けたばかりの所で、そこで私は横浜に見物に行きました。そのころの横浜というのは、外国人がちらほら来ているだけで、掘立小屋のような家が諸方にちょいちょいできて、外国人がそこに住んで店を出しています。そこへ行ってみたところが、少しも言葉が通じません。こちらの言うことも分らなければ、あちらの言うことももちろん分りません。店の看板も読めなければ、瓶の貼り紙も分らない。何を見ても私の知っている文字というものはありません。英語だか仏語だかさっぱり分らない。居留地をぶらぶら歩くうちに、ドイツ人でキニッフルという商人の店に行き当たりました。その商人はドイツ人ではありますが、オランダ語、オランダ文が分ります。こちらの言葉はろくに分らないけれども、オランダ文を書けばどうにか意味が通じるというので、そこでいろいろな話をしたり、ちょっと買い物をしたりして、江戸に帰ってきました。ご苦労な話で、それも屋敷に門限があるので、前の晩の十二時から行って、その晩の十二時に帰ったから、ちょうど一昼夜歩いていたわけです。

解説

安政六年、開港直後の横浜を見物した福沢が、オランダ語が通じない現実に直面する場面です。五国条約は、日本が米・蘭・露・英・仏と結んだ通商条約です。数年かけて習得したオランダ語が、外国人の看板や瓶の貼り紙すら読めないという現実を突きつけました。ドイツ人商人とオランダ語で筆談できたことだけが救いでした。一昼夜歩き通して出かける行動力とともに、自分の知識が時代遅れになる衝撃は、技術革新が速い現代の働き手にも身近です。

この章句が説くこと

横浜開港オランダ語英語安政六年衝撃

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