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福沢諭吉小品集 / 成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ・第2段

ひっきょう余が洋学は一時の偶然に出でて、その修業の辛苦なりしがゆえに、これに入りたるものなりと、自から信ずるの外あるべからず。すでにこの学に志してようやくこれを勤むる間には、ようやく真理原則の佳境に入り、苦学すなわち精神を楽しましむるの具となりて、いかにしてもこの楽境を脱すべからず。かえりみて我が身の出処たる古学社会を見れば、その愚鈍暗黒なる、ともに語るに足るべき者なく、ひそかにこれを目下に見下して愍笑するのみ。その状、あたかも田舎漢が都会の住居に慣れて、故郷の事物を笑うものに異ならず。ますます洋学に固着してますます心志の高尚なりしもゆえんなきに非ざるなり。 右の如く、ただ気位のみ高くなりて、さて、その生計はいかんというに、かつて目的あることなし。これまた、士族の気風にして、祖先以来、些少にても家禄あれば、とうてい飢渇の憂なく、もとより貧寒の小士族なれども、貧は士の常なりと自から信じて疑わざれば、さまで苦しくもなく、また他人に対しても、貧乏のために侮りをこうむることとてはなき世の風俗なりしがゆえに、学問には勉強すれども、生計の一点においてはただ飄然として日月を消する中に、政府は外国と条約を結び、貿易の道も開らけて、世間の風景、何となく文明開化の春をもよおし、洋学者の輩も人に悪まれ人に忌まるるその中に、時勢やむをえざるよりして、俗世界のために器として用いらるるの場合となり、余が如きも、すなわちその器の一人にして、幕府に雇われ横文書翰翻訳の仕事を得たり。 もとよりこれがために栄誉を博したるにあらず、人情一般、西洋の事物を穢なく思う世の中に、この穢なき事を吟味するは洋学者に限るとして利用せられたるその趣は、皮細工に限りてえたに御用をこうむりたるの情に異ならざりしといえども、えたにても非人にても、生計の道にありつきたるは実に図らざりしことにして、偶然に我が所得の芸能をもって銭を得たるものなり。

書き下し

ひっきょう余が洋学は一時の偶然に出でて、その修業の辛苦なりしがゆえに、これに入りたるものなりと、自から信ずるの外あるべからず。すでにこの学に志してようやくこれを勤むる間には、ようやく真理原則の佳境に入り、苦学すなわち精神を楽しましむるの具となりて、いかにしてもこの楽境を脱すべからず。かえりみて我が身の出処たる古学社会を見れば、その愚鈍暗黒なる、ともに語るに足るべき者なく、ひそかにこれを目下に見下して愍笑するのみ。その状、あたかも田舎漢が都会の住居に慣れて、故郷の事物を笑うものに異ならず。ますます洋学に固着してますます心志の高尚なりしもゆえんなきに非ざるなり。 右の如く、ただ気位のみ高くなりて、さて、その生計はいかんというに、かつて目的あることなし。これまた、士族の気風にして、祖先以来、些少にても家禄あれば、とうてい飢渇の憂なく、もとより貧寒の小士族なれども、貧は士の常なりと自から信じて疑わざれば、さまで苦しくもなく、また他人に対しても、貧乏のために侮りをこうむることとてはなき世の風俗なりしがゆえに、学問には勉強すれども、生計の一点においてはただ飄然として日月を消する中に、政府は外国と条約を結び、貿易の道も開らけて、世間の風景、何となく文明開化の春をもよおし、洋学者の輩も人に悪まれ人に忌まるるその中に、時勢やむをえざるよりして、俗世界のために器として用いらるるの場合となり、余が如きも、すなわちその器の一人にして、幕府に雇われ横文書翰翻訳の仕事を得たり。 もとよりこれがために栄誉を博したるにあらず、人情一般、西洋の事物を穢なく思う世の中に、この穢なき事を吟味するは洋学者に限るとして利用せられたるその趣は、皮細工に限りてえたに御用をこうむりたるの情に異ならざりしといえども、えたにても非人にても、生計の道にありつきたるは実に図らざりしことにして、偶然に我が所得の芸能をもって銭を得たるものなり。

現代語訳

結局、私の洋学は一時の偶然から出たもので、その修業の辛苦が大きかったがゆえに入ったのだと、自分で信じるほかありません。すでにこの学に志して次第に励むうち、次第に真理原則の佳境に入り、苦学がそのまま精神を楽しませる道具となって、どうしてもこの楽境を離れられなくなりました。顧みて自分の出身の古学社会を見れば、その愚鈍で暗黒であることは、ともに語るに足る者もおらず、ひそかに下に見て憫笑するだけです。その様子は、田舎者が都会の暮らしに慣れて故郷の事物を笑うのと変わりません。ますます洋学に固着して、ますます心の志が高尚になったのも、わけがないわけではありません。 このように、ただ気位だけが高くなり、さてその生計はというと、目的はまったくありませんでした。これもまた士族の気風で、祖先以来、わずかでも家禄があれば、とうてい飢える心配はなく、もとより貧しい小士族ですが、貧は士の常だと自ら信じて疑わなかったので、さほど苦しくもなく、また他人に対しても、貧乏のために侮りを受けることのない世の風俗でしたから、学問には勉強しても、生計の一点では、ただ飄然として月日を過ごすうちに、政府は外国と条約を結び、貿易の道も開けて、世間の風景は、何となく文明開化の春を催し、洋学者の仲間も人に憎まれ嫌われるなかで、時勢のやむをえないことから、俗世界のために道具として用いられる場合となり、私などもその道具の一人として、幕府に雇われ、横文字の書簡の翻訳の仕事を得ました。 もとよりこれによって栄誉を博したわけではありません。人情一般が西洋の事物を穢れたものと思う世の中で、この穢れたものを吟味するのは洋学者に限るとして利用されたその様子は、皮細工は「えた」に限ると御用を命じられたのと変わらないものでしたが、「えた」であれ「非人」であれ、生計の道にありつけたのは実に思いがけないことで、偶然に自分の身につけた芸能によって金を得たのです。

解説

福沢は洋学に打ち込んだものの生計の見通しはなく、時勢の変化でたまたま幕府の翻訳の仕事を得た、と振り返ります。気位は高く、生計は無計画という士族の気風への自己批評がにじみます。洋学者が疎まれつつ便利な道具として使われた、という比喩には「えた」「非人」といった差別的な語が使われており、いずれも当時の身分差別に関わる語で、今日では用いるべきでない表現です。現代にも、好きな道を究める姿勢と、それを仕事に結ぶ現実感の両方が問われる場面があります。

この章句が説くこと

洋学士族の気風生計貧は士の常幕府翻訳

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