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福翁自伝 / 大阪を去て江戸に行く・小石川に通う

横浜から帰て、私は足の疲れではない、実に落胆して仕舞た。是れは/\どうも仕方がない、今まで数年の間、死物狂いになって和蘭の書を読むことを勉強した、その勉強したものが、今は何にもならない、商売人の看板を見ても読むことが出来ない、左りとは誠に詰らぬ事をしたわいと、実に落胆して仕舞た。けれども決して落胆して居られる場合でない。彼処に行れて居る言葉、書いてある文字は、英語か仏語に相違ない。所で今世界に英語の普通に行れて居ると云うことは予て知て居る。何でもあれは英語に違いない、今我国は条約を結んで開けかゝって居る、左すればこの後は英語が必要になるに違いない、洋学者として英語を知らなければ迚も何にも通ずることが出来ない、この後は英語を読むより外に仕方がないと、横浜から帰た翌日だ、一度は落胆したが同時に又新に志を発して、夫れから以来は一切万事英語と覚悟を極めて、扨その英語を学ぶと云うことに就て如何して宜か取付端がない。江戸中に何処で英語を教えて居ると云う所のあろう訳けもない。けれども段々聞て見ると、その時に条約を結ぶと云うが為めに、長崎の通詞の森山多吉郎と云う人が、江戸に来て幕府の御用を勤めて居る。その人が英語を知て居ると云う噂を聞出したから、ソコで森山の家に行て習いましょうと斯う思うて、その森山と云う人は小石川の水道町に住居して居たから、早速その家に行て英語教授の事を頼入ると、森山の云うに、昨今御用が多くて大変に忙しい、けれども折角習おうと云うならば教えて進ぜよう、就ては毎日出勤前、朝早く来いと云うことになって、その時私は鉄砲洲に住て居て、鉄砲洲から小石川まで頓て二里余もありましょう、毎朝早く起きて行く。所が今日はもう出勤前だから又明朝来て呉れ、明くる朝早く行くと、人が来て居て行かないと云う。如何しても教えて呉れる暇がない。ソレは森山の不親切と云う訳けではない、条約を結ぼうと云う時だから中々忙くて実際に教える暇がありはしない。そうすると、こんなに毎朝来て何も教えることが出来んでは気の毒だ、晩に来て呉れぬかと云う。ソレじゃ晩に参りましょうと云て、今度は日暮から出掛けて行く。あの往来は丁度今の神田橋一橋外の高等商業学校のある辺で、素と護持院ヶ原と云う大きな松の樹などが生繁って居る恐ろしい淋しい処で、追剥でも出そうな処だ。其処を小石川から帰途に夜の十一時十二時ごろ通る時の怖さと云うものは今でも能く覚えて居る。所がこの夜稽古も矢張り同じ事で、今晩は客がある、イヤ急に外国方(外務省)から呼びに来たから出て行かなければならぬと云うような訳けで、頓と仕方がない。凡そ其処に二月か三月通うたけれども、どうにも暇がない。迚もこんな事では何も覚えることも出来ない。加うるに森山と云う先生も何も英語を大層知て居る人ではない、漸く少し発音を心得て居ると云う位。迚も是れは仕方ないと、余儀なく断念。

書き下し

横浜から帰て、私は足の疲れではない、実に落胆して仕舞た。是れは/\どうも仕方がない、今まで数年の間、死物狂いになって和蘭の書を読むことを勉強した、その勉強したものが、今は何にもならない、商売人の看板を見ても読むことが出来ない、左りとは誠に詰らぬ事をしたわいと、実に落胆して仕舞た。けれども決して落胆して居られる場合でない。彼処に行れて居る言葉、書いてある文字は、英語か仏語に相違ない。所で今世界に英語の普通に行れて居ると云うことは予て知て居る。何でもあれは英語に違いない、今我国は条約を結んで開けかゝって居る、左すればこの後は英語が必要になるに違いない、洋学者として英語を知らなければ迚も何にも通ずることが出来ない、この後は英語を読むより外に仕方がないと、横浜から帰た翌日だ、一度は落胆したが同時に又新に志を発して、夫れから以来は一切万事英語と覚悟を極めて、扨その英語を学ぶと云うことに就て如何して宜か取付端がない。江戸中に何処で英語を教えて居ると云う所のあろう訳けもない。けれども段々聞て見ると、その時に条約を結ぶと云うが為めに、長崎の通詞の森山多吉郎と云う人が、江戸に来て幕府の御用を勤めて居る。その人が英語を知て居ると云う噂を聞出したから、ソコで森山の家に行て習いましょうと斯う思うて、その森山と云う人は小石川の水道町に住居して居たから、早速その家に行て英語教授の事を頼入ると、森山の云うに、昨今御用が多くて大変に忙しい、けれども折角習おうと云うならば教えて進ぜよう、就ては毎日出勤前、朝早く来いと云うことになって、その時私は鉄砲洲に住て居て、鉄砲洲から小石川まで頓て二里余もありましょう、毎朝早く起きて行く。所が今日はもう出勤前だから又明朝来て呉れ、明くる朝早く行くと、人が来て居て行かないと云う。如何しても教えて呉れる暇がない。ソレは森山の不親切と云う訳けではない、条約を結ぼうと云う時だから中々忙くて実際に教える暇がありはしない。そうすると、こんなに毎朝来て何も教えることが出来んでは気の毒だ、晩に来て呉れぬかと云う。ソレじゃ晩に参りましょうと云て、今度は日暮から出掛けて行く。あの往来は丁度今の神田橋一橋外の高等商業学校のある辺で、素と護持院ヶ原と云う大きな松の樹などが生繁って居る恐ろしい淋しい処で、追剥でも出そうな処だ。其処を小石川から帰途に夜の十一時十二時ごろ通る時の怖さと云うものは今でも能く覚えて居る。所がこの夜稽古も矢張り同じ事で、今晩は客がある、イヤ急に外国方(外務省)から呼びに来たから出て行かなければならぬと云うような訳けで、頓と仕方がない。凡そ其処に二月か三月通うたけれども、どうにも暇がない。迚もこんな事では何も覚えることも出来ない。加うるに森山と云う先生も何も英語を大層知て居る人ではない、漸く少し発音を心得て居ると云う位。迚も是れは仕方ないと、余儀なく断念。

現代語訳

横浜から帰って、私は足の疲れではなく、実に落胆してしまいました。これはこれは、どうも仕方がない、今まで数年の間、死に物狂いになってオランダの書を読むことを勉強した、その勉強したものが今は何にもならない、商売人の看板を見ても読むことができない、そうとはまことにつまらないことをしたわい、と実に落胆してしまいました。けれども決して落胆していられる場合ではありません。あそこで行われている言葉、書いてある文字は、英語か仏語に違いない。ところで今、世界に英語が普通に行われているということは、かねて知っています。何でもあれは英語に違いない、今、我が国は条約を結んで開けかかっている、そうすればこの後は英語が必要になるに違いない、洋学者として英語を知らなければ、とても何にも通ずることができない、この後は英語を読むよりほかに仕方がない、と横浜から帰った翌日です、一度は落胆しましたが、同時にまた新たに志を発して、それ以来は一切万事英語と覚悟を決め、さてその英語を学ぶということについて、どうしてよいか取り付く端がない。江戸中のどこで英語を教えているという所があるはずもありません。けれどもだんだん聞いてみると、そのとき条約を結ぶというために、長崎の通詞の森山多吉郎という人が江戸に来て、幕府の御用を勤めています。その人が英語を知っているという噂を聞き出したから、そこで森山の家に行って習いましょうとこう思って、その森山という人は小石川の水道町に住まいしていたので、早速その家に行って英語教授のことを頼み入ると、森山の言うには、近ごろ御用が多くて大変に忙しい、けれどもせっかく習おうというならば教えてあげよう、ついては毎日出勤前の朝早く来いということになって、そのとき私は鉄砲洲に住んでいて、鉄砲洲から小石川までおよそ二里余りもありましょう、毎朝早く起きて行く。ところが今日はもう出勤前だからまた明朝来てくれ、翌朝早く行くと、人が来ていて今日は教えられないと言う。どうしても教えてくれる暇がありません。それは森山の不親切という訳ではなく、条約を結ぼうというときだからなかなか忙しくて、実際に教える暇がないのです。そうすると、こんなに毎朝来て何も教えることができないでは気の毒だ、晩に来てくれないかと言う。それじゃ晩に参りましょうと言って、今度は日暮れから出掛けて行く。あの往来は、ちょうど今の神田橋、一橋外の高等商業学校のある辺りで、もと護持院ヶ原という、大きな松の木などが生い茂っている恐ろしく寂しい所で、追剥でも出そうな所です。そこを小石川からの帰りに、夜の十一時、十二時ごろ通るときの怖さというものは、今でもよく覚えています。ところがこの夜稽古もやはり同じことで、今晩は客がある、いや急に外国方(外務省)から呼びに来たから出て行かなければならない、というような訳で、まったく仕方がありません。およそそこに二月か三月通いましたけれども、どうにも暇がない。とてもこんなことでは何も覚えることもできない。加えて、森山という先生も、何も英語を大層知っている人ではない、ようやく少し発音を心得ているという程度。とてもこれは仕方がないと、余儀なく断念しました。

解説

横浜での衝撃の翌日、落胆からすぐ英語に転じる福沢の決断と、その最初のつまずきです。オランダ語の数年の苦労が無駄になったと嘆きつつ、世界の趨勢を見極め、すぐに学び直す覚悟を決めます。しかし教える人も場所もなく、通詞の森山多吉郎のもとに二里の道を毎朝、毎晩通っても、多忙で教えてもらえません。結局、二、三か月で断念します。環境の変化に応じて学び直す決断の速さと、うまくいかなくても次の手を探す粘り強さは、変化の時代を生きる現代の働き手への示唆になります。

この章句が説くこと

英学発心落胆学び直し森山多吉郎横浜決断

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