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福翁自伝 / 大阪を去て江戸に行く・江戸に学ぶに非ず教るなり

扨私が江戸に参て鉄砲洲の奥平中屋敷に住て居ると云う中に、藩中の子弟が三人、五人ずつ学びに来るようになり、又他から五、六人も来るものが出来たので、その子弟に教授して居たが、前にも云う通り大阪の書生は修業する為に江戸に行くのではない、行けば教えに行くのだと云う自から自負心があった。私も江戸に来て見た処で、全体江戸の蘭学社会は如何云うものであるか知りたいものだと思て居る中に、或る日島村鼎甫の家に尋ねて行たことがある。勿論緒方門下の医者で、江戸に来て蘭書の飜訳などして居た。私も甚だ能く知て居るので、尋ねて参れば何時も学問の話ばかりで、その時に主人は生理書の飜訳最中、その原書を持出して云うには、この文の一節が如何しても分らないと云う。夫れから私が之を見た所が、成程解し悪い所だ。依て主人に向て、是れは外の朋友にも相談して見たかと云えば、イヤもう親友誰々四、五人にも相談をして見たが如何しても分らぬと云うから、面白い、ソレじゃ僕が之を解して見せようと云て、本当に見た所が中々六かしい。凡そ半時間ばかりも無言で考えた所で、チャント分った。一体是れは斯う云う意味であるが如何だ、物事は分て見ると造作のないものだと云て、主客共に喜びました。何でもその一節は光線と視力との関係を論じ、蝋燭を二本点けてその灯光をどうかすると影法師が如何とかなると云う随分六かしい処で、島村の飜訳した生理発蒙と云う訳書中にある筈です。この一事で私も窃に安心して、先ず是れならば江戸の学者も左まで恐れることはないと思うたことがある。 それから又原書の不審な処を諸先輩に質問して窃にその力量を試したこともある。大阪に居る中に毎度人の読損うた処か人の読損いそうな処を選出して、そうして其れを私は分らない顔して不審を聞きに行くと、毎度の事で、学者先生と称して居る人が読損うて居るから、此方は却て満足だ。実は欺て人を試験するようなもので、徳義上に於て相済まぬ罪なれども、壮年血気の熱心、自から禁ずることが出来ない。畢竟私が大阪に居る間は同窓生と共に江戸の学者を見下だして取るに足らないものだと斯う思うて居ながらも、只ソレを空に信じて宜い気になって居ては大間違が起るから、大抵江戸の学者の力量を試さなければならぬと思て、悪いこととは知りながら試験を遣て見たのです。

新字:扨私が江戸に参て鉄砲洲の奥平中屋敷に住て居ると云う中に、藩中の子弟が三人、五人ずつ学びに来るようになり、又他から五、六人も来るものが出来たので、その子弟に教授して居たが、前にも云う通り大阪の書生は修業する為に江戸に行くのではない、行けば教えに行くのだと云う自から自負心があった。私も江戸に来て見た処で、全体江戸の蘭学社会は如何云うものであるか知りたいものだと思て居る中に、或る日島村鼎甫の家に尋ねて行たことがある。勿論緒方門下の医者で、江戸に来て蘭書の翻訳などして居た。私も甚だ能く知て居るので、尋ねて参れば何時も学問の話ばかりで、その時に主人は生理書の翻訳最中、その原書を持出して云うには、この文の一節が如何しても分らないと云う。夫れから私が之を見た所が、成程解し悪い所だ。依て主人に向て、是れは外の朋友にも相談して見たかと云えば、イヤもう親友誰々四、五人にも相談をして見たが如何しても分らぬと云うから、面白い、ソレじゃ僕が之を解して見せようと云て、本当に見た所が中々六かしい。凡そ半時間ばかりも無言で考えた所で、チャント分った。一体是れは斯う云う意味であるが如何だ、物事は分て見ると造作のないものだと云て、主客共に喜びました。何でもその一節は光線と視力との関係を論じ、蝋燭を二本点けてその灯光をどうかすると影法師が如何とかなると云う随分六かしい処で、島村の翻訳した生理発蒙と云う訳書中にある筈です。この一事で私も窃に安心して、先ず是れならば江戸の学者も左まで恐れることはないと思うたことがある。 それから又原書の不審な処を諸先輩に質問して窃にその力量を試したこともある。大阪に居る中に毎度人の読損うた処か人の読損いそうな処を選出して、そうして其れを私は分らない顔して不審を聞きに行くと、毎度の事で、学者先生と称して居る人が読損うて居るから、此方は却て満足だ。実は欺て人を試験するようなもので、徳義上に於て相済まぬ罪なれども、壮年血気の熱心、自から禁ずることが出来ない。畢竟私が大阪に居る間は同窓生と共に江戸の学者を見下だして取るに足らないものだと斯う思うて居ながらも、只ソレを空に信じて宜い気になって居ては大間違が起るから、大抵江戸の学者の力量を試さなければならぬと思て、悪いこととは知りながら試験を遣て見たのです。

書き下し

扨私が江戸に参て鉄砲洲の奥平中屋敷に住て居ると云う中に、藩中の子弟が三人、五人ずつ学びに来るようになり、又他から五、六人も来るものが出来たので、その子弟に教授して居たが、前にも云う通り大阪の書生は修業する為に江戸に行くのではない、行けば教えに行くのだと云う自から自負心があった。私も江戸に来て見た処で、全体江戸の蘭学社会は如何云うものであるか知りたいものだと思て居る中に、或る日島村鼎甫の家に尋ねて行たことがある。勿論緒方門下の医者で、江戸に来て蘭書の飜訳などして居た。私も甚だ能く知て居るので、尋ねて参れば何時も学問の話ばかりで、その時に主人は生理書の飜訳最中、その原書を持出して云うには、この文の一節が如何しても分らないと云う。夫れから私が之を見た所が、成程解し悪い所だ。依て主人に向て、是れは外の朋友にも相談して見たかと云えば、イヤもう親友誰々四、五人にも相談をして見たが如何しても分らぬと云うから、面白い、ソレじゃ僕が之を解して見せようと云て、本当に見た所が中々六かしい。凡そ半時間ばかりも無言で考えた所で、チャント分った。一体是れは斯う云う意味であるが如何だ、物事は分て見ると造作のないものだと云て、主客共に喜びました。何でもその一節は光線と視力との関係を論じ、蝋燭を二本点けてその灯光をどうかすると影法師が如何とかなると云う随分六かしい処で、島村の飜訳した生理発蒙と云う訳書中にある筈です。この一事で私も窃に安心して、先ず是れならば江戸の学者も左まで恐れることはないと思うたことがある。 それから又原書の不審な処を諸先輩に質問して窃にその力量を試したこともある。大阪に居る中に毎度人の読損うた処か人の読損いそうな処を選出して、そうして其れを私は分らない顔して不審を聞きに行くと、毎度の事で、学者先生と称して居る人が読損うて居るから、此方は却て満足だ。実は欺て人を試験するようなもので、徳義上に於て相済まぬ罪なれども、壮年血気の熱心、自から禁ずることが出来ない。畢竟私が大阪に居る間は同窓生と共に江戸の学者を見下だして取るに足らないものだと斯う思うて居ながらも、只ソレを空に信じて宜い気になって居ては大間違が起るから、大抵江戸の学者の力量を試さなければならぬと思て、悪いこととは知りながら試験を遣て見たのです。

現代語訳

さて、私が江戸に参って、鉄砲洲の奥平中屋敷に住んでいるうちに、藩中の子弟が三人、五人ずつ学びに来るようになり、またほかから五、六人も来る者ができたので、その子弟に教授していましたが、前にも言うとおり、大阪の書生は修業のために江戸に行くのではない、行けば教えに行くのだというおのずからの自負心がありました。私も江戸に来てみたところで、全体、江戸の蘭学社会はどういうものか知りたいものだと思っているうちに、ある日、島村鼎甫の家に尋ねて行ったことがあります。もちろん緒方門下の医者で、江戸に来て蘭書の翻訳などをしていました。私もたいへんよく知っているので、尋ねて参れば、いつも学問の話ばかりで、そのとき主人は生理書の翻訳の最中で、その原書を持ち出して言うには、この文の一節がどうしても分らないと言います。それから私がこれを見たところ、なるほど解しにくいところです。そこで主人に向かって、これはほかの友人にも相談してみたかと言えば、いやもう、親友の誰々四、五人にも相談してみたが、どうしても分らないと言うから、「面白い、それじゃ僕がこれを解いて見せよう」と言って、本当に見たところ、なかなか難しい。およそ半時間ばかりも無言で考えたところで、ちゃんと分りました。一体これはこういう意味であるが、どうだ、物事は分ってみると造作のないものだと言って、主客ともに喜びました。何でもその一節は、光線と視力との関係を論じ、蝋燭を二本点けてその灯光をどうかすると、影法師がどうとかなるという、ずいぶん難しい所で、島村が翻訳した生理発蒙という訳書の中にあるはずです。この一事で私もひそかに安心して、まずこれならば江戸の学者も、それほど恐れることはないと思ったことがあります。 それからまた、原書の不審な所を諸先輩に質問して、ひそかにその力量を試したこともあります。大阪にいるうちに、たびたび、人が読み損じた所か、人が読み損じそうな所を選び出して、そうしてそれを私は分らない顔をして不審を聞きに行くと、たびたびのことで、学者先生と称している人が読み損じているから、こちらはかえって満足です。実は欺いて人を試験するようなもので、道徳上においては相済まない罪ですが、壮年血気の熱心で、おのずから禁ずることができません。畢竟、私が大阪にいる間は、同窓生と共に江戸の学者を見下して、取るに足らないものだとこう思っていながらも、ただそれをむなしく信じて、いい気になっていては大間違いが起こるから、おおよそ江戸の学者の力量を試さなければならないと思って、悪いこととは知りながら試験をやってみたのです。

解説

江戸に来た福沢が、自分の実力が通用するかを確かめた場面です。島村鼎甫が友人数人でも解けなかった生理書の難所を、半時間考えて解き、江戸の学者を恐れるに足りないと安心します。大阪で人を試すような質問を重ねて力量を測っていたことも告白し、道徳上は済まないと認めています。思い込みで自信を持つのではなく、実際に確かめて検証する姿勢は、新しい環境に移る現代の人にも有益です。見立てを事実で裏づける習慣が、福沢の強みでした。

この章句が説くこと

江戸実力島村鼎甫検証自負蘭学

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