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福翁自伝 / 大阪を去て江戸に行く・三人同行

大阪から江戸に来るに就ては、何は扨置き中津に帰て一度母に逢うて別を告げて来ましょうと云うので、中津に帰たその時は虎列拉の真盛りで、私の家の近処まで病人だらけ、バタ/″\死にました。その流行病最中、船に乗て大阪に着て暫時逗留、ソレカラ江戸に向て出立と云うことにした所が、凡そ藩の公用で勤番するに、私などの身分なれば道中並に在勤中家来を一人呉れるのが定例で、今度も私の江戸勤番に付て家来一人振の金を渡して呉れた。けれども家来なんぞと云うことは思いも寄らぬ事で何も要らぬ。けれども茲に旅費がある。待て/\、塾中に誰か江戸に行きたいと云う者はないか、江戸に行きたければ連れて行くが如何だ、実は斯う云う訳けで金はあるぞと云うと、即席にどうぞ連れて行て呉れと云たが岡本周吉、即ち古川節蔵である(広島の人)。よし連れて行て遣ろう。連れて行くが、君は飯を炊かなければならぬが宜しいか。江戸へ行けば米もあれば長屋もある。鍋釜も貸して呉れるが、本当の家来を止めにすれば飯炊がない。その代に連れて行くのだが如何だ。「飯を炊く位の事は何でもない、飯を炊こう。「それじゃ一緒に来いと云て、夫れから私の荷物は同藩の人に頼んで、道連は私と岡本、もう一人備中の者で原田磊蔵と云う矢張り緒方の塾生、都合三人の道中で、勿論歩く。その時は丁度十月下旬で少々寒かったが小春の時節、一日も川止など云う災難に遇わず滞おりなく江戸に着て、先ず木挽町汐留の奥平屋敷に行た所が、鉄砲洲に中屋敷がある、其処の長屋を貸すと云うので、早速岡本と私とその長屋に住込で、両人自炊の世帯持になった、夫れから同行の原田は下谷練塀小路の大医大槻俊斎先生の処へ入込だ。江戸へ参れば知己朋友は幾人も居て、段々面白くなって来た。

書き下し

大阪から江戸に来るに就ては、何は扨置き中津に帰て一度母に逢うて別を告げて来ましょうと云うので、中津に帰たその時は虎列拉の真盛りで、私の家の近処まで病人だらけ、バタ/″\死にました。その流行病最中、船に乗て大阪に着て暫時逗留、ソレカラ江戸に向て出立と云うことにした所が、凡そ藩の公用で勤番するに、私などの身分なれば道中並に在勤中家来を一人呉れるのが定例で、今度も私の江戸勤番に付て家来一人振の金を渡して呉れた。けれども家来なんぞと云うことは思いも寄らぬ事で何も要らぬ。けれども茲に旅費がある。待て/\、塾中に誰か江戸に行きたいと云う者はないか、江戸に行きたければ連れて行くが如何だ、実は斯う云う訳けで金はあるぞと云うと、即席にどうぞ連れて行て呉れと云たが岡本周吉、即ち古川節蔵である(広島の人)。よし連れて行て遣ろう。連れて行くが、君は飯を炊かなければならぬが宜しいか。江戸へ行けば米もあれば長屋もある。鍋釜も貸して呉れるが、本当の家来を止めにすれば飯炊がない。その代に連れて行くのだが如何だ。「飯を炊く位の事は何でもない、飯を炊こう。「それじゃ一緒に来いと云て、夫れから私の荷物は同藩の人に頼んで、道連は私と岡本、もう一人備中の者で原田磊蔵と云う矢張り緒方の塾生、都合三人の道中で、勿論歩く。その時は丁度十月下旬で少々寒かったが小春の時節、一日も川止など云う災難に遇わず滞おりなく江戸に着て、先ず木挽町汐留の奥平屋敷に行た所が、鉄砲洲に中屋敷がある、其処の長屋を貸すと云うので、早速岡本と私とその長屋に住込で、両人自炊の世帯持になった、夫れから同行の原田は下谷練塀小路の大医大槻俊斎先生の処へ入込だ。江戸へ参れば知己朋友は幾人も居て、段々面白くなって来た。

現代語訳

大阪から江戸に来るについては、何はさておき中津に帰って、一度母に会って別れを告げてこようというので、中津に帰りましたが、そのときはコレラの真っ盛りで、私の家の近所まで病人だらけで、ばたばたと死にました。その流行病の最中、船に乗って大阪に着き、しばらく逗留し、それから江戸に向けて出立ということにしたところ、およそ藩の公用で勤番するに、私などの身分であれば、道中ならびに在勤中、家来を一人くれるのが定例で、今度も私の江戸勤番について、家来一人分の金を渡してくれました。けれども家来などということは思いもよらぬことで、何も要りません。けれどもここに旅費があります。待て待て、塾中に誰か江戸に行きたいという者はないか、江戸に行きたければ連れて行くがどうだ、実はこういう訳で金はあるぞと言うと、即座に、どうぞ連れて行ってくれと言ったのが、岡本周吉、すなわち古川節蔵です(広島の人)。よし、連れて行ってやろう。連れて行くが、君は飯を炊かなければならないがよろしいか。江戸へ行けば米もあれば長屋もある。鍋釜も貸してくれるが、本当の家来を止めにすれば飯炊きがいない。その代わりに連れて行くのだが、どうだ。「飯を炊く位のことは何でもない、飯を炊こう」「それじゃ一緒に来い」と言って、それから私の荷物は同藩の人に頼んで、道連れは私と岡本、もう一人備中の者で原田磊蔵という、やはり緒方の塾生、都合三人の道中で、もちろん歩いて行きました。そのときはちょうど十月下旬で、少し寒かったが小春の時節、一日も川止めなどという災難に遭わず、滞りなく江戸に着いて、まず木挽町汐留の奥平屋敷に行ったところ、鉄砲洲に中屋敷があり、そこの長屋を貸すというので、早速岡本と私とがその長屋に住み込んで、両人自炊の世帯持ちになりました。それから同行の原田は、下谷練塀小路の大医、大槻俊斎先生の所へ入り込みました。江戸へ参れば知己や友人は幾人もいて、だんだん面白くなってきました。

解説

江戸に向かう旅の準備と道中の話です。コレラ流行の中津に帰って母に別れを告げ、藩から支給された家来一人分の旅費を、家来を連れる代わりに、塾の仲間を飯炊きとして連れて行くことで有効に使います。身分の格式にこだわらず、お金を実利に回す福沢の合理性が表れています。岡本周吉は後の古川節蔵で、のち海軍で活躍する人物です。決められた制度を柔軟に運用して、仲間の機会に変える発想は、組織の予算や資源を活かす現代の管理職にも参考になります。

この章句が説くこと

江戸行き旅費岡本周吉コレラ自炊合理性

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