韓非子 / 解老第二十
所謂「大丈夫」者,謂其智之大也。所謂「處其厚不處其薄」者,行情實而去禮貌也。所謂「處其實不處其華」者,必緣理不徑絶也。
新字:所謂「大丈夫」者,謂其智之大也。所謂「処其厚不処其薄」者,行情実而去礼貌也。所謂「処其実不処其華」者,必縁理不径絶也。
書き下し
其の厚きに處りて其の薄きに處らずとは、情實を行いて禮貌を去るなり。其の實に處りて其の華に處らずとは、必ず理に緣りて徑絶せざるなり。
現代語訳
「厚いところ(本質)にいて、薄いところ(表面)にいない」とは、真心(情實)で行動し、表面的な礼儀(禮貌)にこだわらないことだ。「実(中身)にいて、華(外見)にいない」とは、必ず道理(理)に基づいて判断し、道理を無視して猪突猛進(徑絶)しないことだ。
解説
「厚いところに身を置いて薄いところに身を置かない」とは、うわべの礼儀作法にこだわらず、偽りのない真心で振る舞うということです。「実のあるところに身を置いて華やかさに身を置かない」とは、見た目の派手さに惑わされず、必ず筋道に沿って考え、無理やり押し切るような真似はしないということです。人の上に立つ人ほど、体裁の良い挨拶や見栄えの良い振る舞いに気を取られがちですが、本当に大切なのは中身の誠実さと、物事の道理に沿っているかどうかです。家庭でも、見栄えの良い贈り物や派手な言葉より、日々の何気ない気遣いのほうが伝わることが多いものです。飾り立てるより、筋を通し、真心を込めることを優先する姿勢が求められています。
この章句が説くこと
本質主義実質と形式合理性サブスタンスパフォーマンス
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