益軒家訓 / 士業勿怠
專ら我が惡を責めて人を責むべからず。我に背き我を誚る者あらば、我が身を省みるべし、人を咎むべからず。我が子孫たる者は、文武の家業をよくわが身に勤め、其子孫にも必敎ふべし。人生の至要は無如敎子と古き文にも見えたり。凡武士となるものは、忠孝義理の志なくしては、武勇缺け、君の爲に忠義なりがたし。又武士の家に生れ、武藝を知らず、武具を不備、軍用乏しくしては、心猛くとも備なくして、武勇の勤なり難し。故に武士の道、内には忠孝義理を以て本とし、外には武藝を習ひ、武備乏しからざるを以て勤とす。武士として忠孝義理の道を不知、武藝にうとく、武備なくしては、武士の業を本末とも失ひ、君をあざむき忠を忘れ、君の祿を食んで其職に怠るものは、穿窬の盜にひとしくして、大なる恥なるべし。武備は平生無事の時心を用ひ、其分限に隨ひて、不足なきやうに用意すべし。
新字:専ら我が悪を責めて人を責むべからず。我に背き我を誚る者あらば、我が身を省みるべし、人を咎むべからず。我が子孫たる者は、文武の家業をよくわが身に勤め、其子孫にも必教ふべし。人生の至要は無如教子と古き文にも見えたり。凡武士となるものは、忠孝義理の志なくしては、武勇欠け、君の為に忠義なりがたし。又武士の家に生れ、武芸を知らず、武具を不備、軍用乏しくしては、心猛くとも備なくして、武勇の勤なり難し。故に武士の道、内には忠孝義理を以て本とし、外には武芸を習ひ、武備乏しからざるを以て勤とす。武士として忠孝義理の道を不知、武芸にうとく、武備なくしては、武士の業を本末とも失ひ、君をあざむき忠を忘れ、君の禄を食んで其職に怠るものは、穿窬の盗にひとしくして、大なる恥なるべし。武備は平生無事の時心を用ひ、其分限に随ひて、不足なきやうに用意すべし。
書き下し
専ら我が悪を責めて人を責むべからず。我に背き我を誚る者あらば、我が身を省みるべし、人を咎むべからず。我が子孫たる者は、文武の家業をよくわが身に勤め、其子孫にも必教ふべし。人生の至要は無如教子と古き文にも見えたり。凡武士となるものは、忠孝義理の志なくしては、武勇欠け、君の為に忠義なりがたし。又武士の家に生れ、武芸を知らず、武具を不備、軍用乏しくしては、心猛くとも備なくして、武勇の勤なり難し。故に武士の道、内には忠孝義理を以て本とし、外には武芸を習ひ、武備乏しからざるを以て勤とす。武士として忠孝義理の道を不知、武芸にうとく、武備なくしては、武士の業を本末とも失ひ、君をあざむき忠を忘れ、君の禄を食んで其職に怠るものは、穿窬の盗にひとしくして、大なる恥なるべし。武備は平生無事の時心を用ひ、其分限に随ひて、不足なきやうに用意すべし。
現代語訳
もっぱら自分の悪を責めて、人を責めてはなりません。自分に背き、自分をそしる者があれば、自分の身を省みるべきで、人を咎めてはなりません。私の子孫である者は、文武の家業をよく自ら勤め、その子孫にも必ず教えるべきです。「人生で最も大切なことは子を教えることに及ぶものはない」と古い書にも見えます。およそ武士となる者は、忠孝や義理の志がなければ、武勇が欠けて、君のために忠義を尽くすことは難しいのです。また武士の家に生まれながら、武芸を知らず、武具を備えず、軍用の備えが乏しければ、心は勇ましくても備えがないので、武勇の務めは果たせません。ですから武士の道は、内には忠孝と義理を根本とし、外には武芸を習い、武の備えを欠かさないことを務めとします。武士でありながら忠孝や義理の道を知らず、武芸にうとく、武の備えもなければ、武士の業を本も末も失い、君を欺き忠を忘れ、君の禄を食みながらその職を怠る者で、壁に穴をあけ垣を越えて盗む盗人と同じであり、大きな恥です。武の備えは、平生の無事なときに心を用い、自分の分限に従って、不足のないように用意しておくべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』七患故に食に備粟無ければ、以て凶饑を待つ可からず。庫に備兵無ければ、義有りと雖も、無義を征する能わず。城郭、備え全からざれば、以て自ら守る可からず。心に備慮無ければ、以て卒に應ずる可からず。是の故に慶忌は之を去るの心無くんば、輕々しく出づる能わず。夫れ桀に湯を待つの備無し、故に放たる。紂に武王を待つの備無し、故に殺さる。桀紂は貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。然れども皆な百里の君に滅亡せらるるは、何ぞや。富貴有りて備えを為さざればなり。故に備えなる者は、國の重んずる所なり。
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『墨子』公孟子墨子、公孟子に謂いて曰く、「喪禮は、君と父母と妻と後子と死すれば、三年の喪服、伯父・叔父・兄弟は期、族人は五月、姑・姊・甥は皆な數月の喪有り。或いは喪せざるの間を以て、詩三百を誦し、詩三百を歌い、詩三百を舞う。若し子の言を用いば、則ち君子は何れの日を以て聴治せん。庶人は何れの日を以て事に従わん」と。公孟子曰く、「國亂るれば則ち之を治め、治まれば則ち禮樂を為す。國治まれば則ち事に従い、國富めば則ち禮樂を為す」と。子墨子曰く、「國の治まるは、之を治むればなり。治むること廢すれば、則ち國の治まるも亦た廢す。國の富むや、事に従えばなり。事に従うこと廢すれば、則ち國の富むも亦た廢す。故に國を治むと雖も、之を勸めて饜くこと無く、然る後に可なり。今、子曰く、『國治まれば則ち禮樂を為し、亂るれば則ち之を治む』と。是れ譬うれば猶お噎して井を穿ち、死して醫を求むるがごときなり。古者、三代の暴王、桀・紂・幽・厲は、薾に聲樂を為して、其の民を顧みず。是を以て身は刑僇と為り、國は戾虚と為る者は、皆な此の道に従えばなり」と。
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尚書・說命中惟れ事を事とするに、乃ち其れ備え有り、備え有れば患い無し。
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孫子・虚実篇故に前に備うれば則ち後寡なく、後に備うれば則ち前寡なし。左に備うれば則ち右寡なく、右に備うれば則ち左寡なし。備えざる所無ければ、則ち寡なからざる所無し。寡なき者は人に備うる者なり、衆き者は人をして己に備えしむる者なり。
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葉隠・聞書第一覺りの士というのは、事に逢って仕(し)たるように、前方に、それぞれの仕様(しよう)を吟味し置いて、その時に出合い、仕果(しはた)す者である。不覺の士というのは、その時に至って前方に穿鑿せぬのは、不覺の士と申す。
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『墨子』備城門城下の里中の家人、各おの葆すること亦た左右前後、城上の如くす。城小さく人衆ければ、鄉の老弱を葆離し、國中及び大城に也す。㓂至らば、必ず攻めんことを度り、主人、先ず城編を削る。唯だ燒くこと勿かれ。冦、城下に在らば、時に吏卒の署を換え、而も亦た養を換うる毋かれ。養は城に上るを得る毋かれ。宼、城下に在らば、諸盆罋を牧め、城下に耕積す。百步に一積、積は五百。城門の内、室有るを得ず。周官・桓吏を為り、四尺を倪と為す。行棧の内閈、二關一堞。城場の外を除き、池を去ること百步、墻垣樹木の小大、盡く壊し代え除去す。寇の從りて來たる所、若しくは昵道・傒近、若しくは城塲は、皆な扈樓を為る。竹箭を天中に立つ。守堂の下に大樓を為り、髙く城に臨む。堂下、周く散じ、道中、客に應ず。客、見ゆるを待つ。時に三老・左葆・官中の者を召し、與に事を計る。之を為すこと奈何と。子墨子曰く、穴士の守を問う。邪びに穴を備うる者は、城内に髙樓を為りて以て此の十四者を謹み具うれば、則ち民も亦た上を疑わず。然る後に城、守る可し。十四者、一も無くんば、則ち善き者と雖も守る能わざるなり。
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