易経 / 解卦
剛柔之際,義无咎也。 九二貞吉,得中道也。 負且乘,亦可丑也,自我致戎,又誰咎也。 解而拇,未當位也。 君子有解,小人退也。 公用射隼,以解悖也。
新字:剛柔之際,義无咎也。 九二貞吉,得中道也。 負且乗,亦可丑也,自我致戎,又誰咎也。 解而拇,未当位也。 君子有解,小人退也。 公用射隼,以解悖也。
書き下し
剛柔の際(まじは)り、義として咎无きなり。九二の貞吉は、中道を得ればなり。負ひ且つ乗るは、亦(また)丑(は)づべきなり。我より戎(じゅう)を致す、又誰をか咎めん。而の拇を解けとは、未だ位に当らざればなり。君子解くこと有りとは、小人退くなり。公用つて隼を射るとは、以て悖(もと)れるを解くなり。
現代語訳
剛と柔が交わるところにいるので、道理として咎はない。九二が正しくて吉なのは、中の道を得ているからである。荷を背負ったまま車に乗るのは、やはり恥ずべきことである。自分から兵乱を招いたのだから、ほかの誰を咎められようか。おまえの足の親指をほどけとは、まだ位がふさわしくないからである。君子がしがらみを解くとは、小人が退くのである。公が隼を射るとは、道にそむく者を取り除くのである。
解説
解の爻辞に象伝が添えた理由づけです。六三の「負ひ且つ乗る」は「亦丑づべきなり」、分不相応な振る舞いは恥ずべきことで、「我より戎を致す、又誰をか咎めん」と、自分で災いを招いたのだから誰も責められないと突き放します。六五の「君子解くこと有り」は「小人退くなり」、上に立つ者がしがらみを断てば、つけ込む者は自然に退くと説きます。問題が片づいた後の緩みで身の丈を越えた振る舞いをすれば、次の災いは自分が招くものです。けじめは人に求める前に自分に課すものだと読めます。
この章句が説くこと
分相応けじめしがらみ慢心
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