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易経 / 睽卦

見惡人,以辟咎也。 遇主于巷,未失道也。 見輿曳,位不當也。无初有終,遇剛也。 交孚无咎,志行也。 厥宗噬膚,往有慶也。 遇雨之吉,群疑亡也。

新字:見悪人,以辟咎也。 遇主于巷,未失道也。 見輿曳,位不当也。无初有終,遇剛也。 交孚无咎,志行也。 厥宗噬膚,往有慶也。 遇雨之吉,群疑亡也。

書き下し

悪人を見るとは、以て咎を辟(さ)くるなり。主に巷に遇ふとは、未だ道を失はざるなり。輿の曳かるるを見るとは、位当らざればなり。初め无くして終り有りとは、剛に遇へばなり。交々孚ありて咎无しとは、志行はるるなり。厥の宗膚を噬むとは、往けば慶び有るなり。雨に遇ふの吉とは、群疑亡ぶなり。

現代語訳

悪人に会うとは、それによって咎を避けるのである。主君に路地で出会うとは、まだ道を失っていないのである。車が引き戻されるのを見るとは、位がふさわしくないからである。初めはうまくいかないが終わりはよいとは、剛強な相手に出会うからである。互いに誠を交わして咎がないとは、志が行われるのである。一族の者がたやすく合うとは、進めば喜びがあるのである。雨に出会って吉とは、多くの疑いが消えるのである。

解説

睽の爻辞に象伝が添えた理由づけです。初九が悪人にあえて会うのは「以て咎を辟くる」ため、つまり避けて敵を作るより会って災いを防ぐためだと説きます。九二が路地で主君に会うのも「未だ道を失はざる」ことで、形は略式でも道に外れてはいないと認めます。上九の雨に遇う吉は「群疑亡ぶ」、積み重なった疑いが消えることだと結びます。関係がこじれた相手とも、会うことを避けず、正式な場にこだわらずに向き合うことで、互いの疑いが一つずつ解けていく道が開けます。

この章句が説くこと

疑い対話和解関係

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