易経 / 頤卦
觀我朵頤,亦不足貴也。 六二征凶,行失類也。 十年勿用,道大悖也。 顛頤之吉,上施光也。 居貞之吉,順以從上也。 由頤厲吉,大有慶也。
新字:観我朶頤,亦不足貴也。 六二征凶,行失類也。 十年勿用,道大悖也。 顛頤之吉,上施光也。 居貞之吉,順以従上也。 由頤厲吉,大有慶也。
書き下し
我を観て頤を朶るとは、亦貴ぶに足らざるなり。六二征けば凶とは、行きて類を失うなり。十年用うる勿かれとは、道大いに悖ればなり。顛しまに頤わるるの吉は、上の施し光いなればなり。貞に居るの吉は、順にして以て上に従うなり。由りて頤わる、厲けれども吉とは、大いに慶び有るなり。
現代語訳
「私を見てあごを垂らして欲しがる」とは、それもまた尊ぶに値しないということである。「六二が進めば凶」とは、進んで仲間を失うことである。「十年用いられない」とは、道に大きく背いているからである。「逆さまに下に養われて吉」とは、上からの施しが広く輝くからである。「正しさを守ってとどまって吉」とは、素直に上に従うからである。「人々がこの者によって養われ、危ういが吉」とは、大いに喜びがあることである。
解説
頤の爻辞に象伝が理由を添えた部分です。初九の、自分の霊亀を捨てて人を見てあごを垂らすことを「亦貴ぶに足らざるなり」と退けます。自分に備わった力を捨て、他人の持つものを羨む姿は尊ぶに値しないというのです。一方、六四が逆さまに下に養われても吉なのは「上の施し光いなればなり」とされ、受けた養いを上に立つ者として広く施すからだと説きます。人から支えを受けること自体は恥ではありません。受けたものを周りに還していくかどうかが、その人の値打ちを分けます。
この章句が説くこと
自立羨望施し養う
関連する章句
-
易経・頤卦周易 第二十七卦。震下艮上。易経。頤は、貞にして吉。頤を観て、自ら口実を求む。初九、爾の霊亀を舎てて、我を観て頤を朶る、凶。六二、顛しまに頤わる、経に払る、丘に于いて頤わんとす、征けば凶。六三、頤に払る、貞なれども凶、十年用うる勿かれ、利ろしき攸无し。六四、顛しまに頤わるるも吉、虎視眈眈、其の欲逐逐たり、咎无し。六五、経に払る、貞に居れば吉、大川を渉るべからず。上九、由りて頤わる、厲けれども吉、大川を渉るに利ろし。彖に曰く、
-
易経・彖伝頤は、貞にして吉なりとは、正を養えば則ち吉なればなり。頤を観るとは、其の養う所を観るなり。自ら口実を求むとは、其の自ら養う所を観るなり。天地は万物を養い、聖人は賢を養いて以て万民に及ぼす、頤の時大なるかな。
-
易経・益卦元吉にして咎无しとは、下は事を厚くせざるなり。或いは之を益すとは、外より来るなり。益すに凶事を用ゐるとは、固(もと)より之を有すればなり。公に告ぐれば従はるとは、以て志を益すなり。孚有りて心を恵むとは、之を問ふ勿きなり。我が徳を恵とすとは、大いに志を得るなり。之を益すこと莫しとは、偏辞なり。或いは之を撃つとは、外より来るなり。
-
易経・象伝山の下に雷有るは、頤(い)なり。君子以て言語を慎み、飲食を節す。
-
易経・謙卦謙謙たる君子とは、卑くして以て自ら牧うなり。鳴謙す、貞にして吉とは、中心より得るなり。労謙する君子は、万民服するなり。利ろしからざる无し、謙を撝うとは、則に違わざるなり。用て侵伐するに利ろしとは、服せざるを征するなり。鳴謙すとは、志未だ得ざるなり。用て師を行るべし、邑国を征するなり。
-
易経・豫卦初六豫を鳴らすとは、志窮まりて凶なり。日を終えず、貞にして吉とは、中正なるを以てなり。盱りて豫しみ悔い有りとは、位当たらざればなり。由りて豫しむ、大いに得る有りとは、志大いに行わるるなり。六五貞にして疾むとは、剛に乗ればなり。恒に死せずとは、中未だ亡びざればなり。豫に冥くして上に在り、何ぞ長かるべけんや。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る