易経 / 履卦
素履之往,獨行願也。 幽人貞吉,中不自亂也。 眇能視,不足以有明也。跛能履,不足以與行也。咥人之凶,位不當也。武人為于大君,志剛也。 愬愬終吉,志行也。 夬履貞厲,位正當也。 元吉在上,大有慶也。
新字:素履之往,独行願也。 幽人貞吉,中不自乱也。 眇能視,不足以有明也。跛能履,不足以与行也。咥人之凶,位不当也。武人為于大君,志剛也。 愬愬終吉,志行也。 夬履貞厲,位正当也。 元吉在上,大有慶也。
書き下し
素履の往くは、独り願いを行うなり。幽人貞にして吉とは、中自ら乱れざるなり。眇にして能く視るとは、以て明有るに足らざるなり。跛にして能く履むとは、以て与に行くに足らざるなり。人を咥うの凶は、位当たらざればなり。武人大君と為るとは、志剛なればなり。愬愬たれば終には吉とは、志行わるるなり。夬めて履む、貞なれども厲しとは、位正に当たればなり。元いに吉にして上に在り、大いに慶び有るなり。
現代語訳
「飾らない素のままの足取りで進む」とは、ただ一人自分の願いを行うことである。「世を離れた人は正しさを守れば吉」とは、中ほどにいて自ら心を乱さないからである。「片目でよく見える」と思っても、明らかに見るには足りない。「足が不自由でよく歩ける」と思っても、人とともに歩むには足りない。「咬みつかれて凶」とは、位がふさわしくないからである。「武人が大君になろうとする」とは、志ばかりが剛いからである。「恐れ慎んでいれば最後には吉」とは、志が行われることである。「思い切って踏み出し、正しくても危うい」とは、位がまさに正しい位置に当たっているからである。「大いに吉」が一番上にあるのは、大いに喜びがあるということである。
解説
この章句が説くこと
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