童子問 / 卷下
問。向蒙敎誨。孟子性善之說。就氣質之中而言。非離氣質而言之。然諸儒之說。紛紛籍籍。不可適從。冀明辯極論。以發其歸趣。曰。孟子之說性。古今言性之準則也。諸儒所以有紛紛之說者。皆不善讀孟子之過也。荀子知專主敎。以爲人不敎則不善。故說性惡。不知善受敎者以性之善。楊子疑信兩端。不能歸一。故把善惡混。韓子以爲孟子得其上。荀揚各得其中下。欲調停衆說。目下品題。故曰性有三品。此等皆俗見焉耳。至程張二先生。又立本然氣質之論。以爲孔子說氣質之性。孟子說本然之性。而蘇氏胡氏又以爲性本無善悪之可言。孟子謂之善者。讃歎之辭。此亦自禪說而來。凡此等說。皆非徒不知孟子之本旨。實不能理會孟子文義者也。可怪可怪。
新字:問。向蒙教誨。孟子性善之説。就気質之中而言。非離気質而言之。然諸儒之説。紛紛籍籍。不可適従。冀明弁極論。以発其帰趣。曰。孟子之説性。古今言性之準則也。諸儒所以有紛紛之説者。皆不善読孟子之過也。荀子知専主教。以為人不教則不善。故説性悪。不知善受教者以性之善。楊子疑信両端。不能帰一。故把善悪混。韓子以為孟子得其上。荀揚各得其中下。欲調停衆説。目下品題。故曰性有三品。此等皆俗見焉耳。至程張二先生。又立本然気質之論。以為孔子説気質之性。孟子説本然之性。而蘇氏胡氏又以為性本無善悪之可言。孟子謂之善者。讃嘆之辞。此亦自禅説而来。凡此等説。皆非徒不知孟子之本旨。実不能理会孟子文義者也。可怪可怪。
書き下し
問ふ、向に教誨を蒙る。孟子性善の説は、気質の中に就いて言ふ、気質を離れて之を言ふに非ずと。然るに諸儒の説、紛紛籍籍として、適従すべからず。冀はくは明弁極論して、以て其の帰趣を発せよ。曰く、孟子の性を説く、古今性を言ふの準則なり。諸儒の紛紛の説有る所以の者は、皆孟子を善く読まざるの過ちなり。荀子は専ら教を主とすることを知りて、以為へらく人教へざれば則ち善ならずと。故に性悪を説く。善く教を受くる者は性の善なるを以てなることを知らず。楊子は両端を疑信して、一に帰すること能はず。故に善悪混ずと把る。韓子は以為へらく孟子は其の上を得、荀・揚は各其の中・下を得と。衆説を調停せんと欲して、目して品題を下す。故に性に三品有りと曰ふ。此れ等は皆俗見のみ。程・張二先生に至つて、又本然・気質の論を立て、以為へらく孔子は気質の性を説き、孟子は本然の性を説くと。而して蘇氏・胡氏は又以為へらく性は本善悪の言ふべき無し、孟子之を善と謂ふは讃歎の辞なりと。此れも亦禅説より来る。凡そ此れ等の説は、皆徒に孟子の本旨を知らざるのみに非ず、実に孟子の文義を理会すること能はざる者なり。怪しむべし怪しむべし。
現代語訳
問う。以前、先生の教えを受けて、孟子の性善説は気質の中に即して言ったものであって、気質を離れて言ったものではないと伺った。しかし諸儒の説は入り乱れていて、どれに従えばよいかわからない。どうか明確に論じ尽くして、その帰着するところを示していただきたい。答える。孟子が性を説いたものは、古今を通じて性を論じる際の基準である。諸儒に入り乱れた説があるのは、みな孟子をきちんと読まなかった過ちによる。荀子はもっぱら教えを主とすべきことを知り、人は教えなければ善にならないと考えた。それで性悪を説いたのだが、教えをよく受けとめられるのは性が善だからだということを知らなかった。揚雄は二つの立場の間で迷って一つに定められず、それで善悪が混じっているとした。韓愈は、孟子はその上を得、荀子・揚雄はそれぞれ中と下を得たとして、諸説を調停しようと品評を下し、性に三品があると言った。これらはみな俗見にすぎない。程子・張子の二先生になると、さらに本然・気質の論を立て、孔子は気質の性を説き、孟子は本然の性を説いたとした。また蘇氏・胡氏は、性にはもともと善悪といえるものはなく、孟子がこれを善と言ったのは讃歎の言葉にすぎないとした。これもまた禅の説から来ている。およそこれらの説は、ただ孟子の本旨を知らないだけでなく、実のところ孟子の文の意味を理解できていない者のものである。まことに怪しむべきことだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段或学者問ひて曰く、大聖孔子は、三綱五常の道を説、性理の沙汰には及び玉はず。孟子に至て、人の性は善なりと云、又我浩然の気を養との玉ふ。告子は生を之れ性と謂ふ、又曰く、性は善無く不善無し、或は性は猶ほ杞柳のごとし、性は猶ほ湍水のごとしと云。又韓退之は、性に三品有りと云。荀子は、人の性は悪なり、其の善なる者は偽なりと云。楊子は、善悪混ぜりと云ひ、且老荘仏氏の説、彼此その数挙てかぞへ難し。何を是とし、何を非とせん。是に因て我朝の儒者も、或は孟子を是とし、告子韓子を是とし、又は孟子を非とし、又孔子以下を皆非の如く云者あり。その論議一として定め難し。然るを汝宋儒を是とし、孟子を尊信し、人の性は善と云。我思ふに、兔角決定しがたし。元来人に替りなければ、汝も決定は有まじけれども、
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『呻吟語』内篇・性命・義理の性は善有りて惡無し虞廷は專ら性善を言はず、曰く「人心惟れ危く、道心惟れ微なり」と。或ひと曰く「人心は性に非ず」と。曰く、「性に非ずとするも可なり。亦た是れ陰陽五行の化生ならずや」と。六經も專ら性善を言はず、曰く「惟れ皇上帝、衷を下民に降し、厥に恒性有り」と。又曰く「天は蒸民を生じ欲有り、主無ければ乃ち亂る」と。孔子も專ら性善を言はず、曰く「之を繼ぐ者は善なり、之を成す者は性なり」と。又曰く「性は相近きなり」「惟だ上智と下愚とは移らず」と。才めて相近しと說けば、便ち是れ一個ならず。相遠きは相近きより脚を起こす。子思も專ら性善を言はず、曰く「道を修むる、之を教と謂ふ」と。性皆善ならば、道胡ぞ修む可けんや。孟子も專ら性善を言はず、曰く「聲色・臭味・安佚は性なり」と。或ひと曰く「這の性は是れ好性なり」と。曰く、「好性ならば如何ぞ君子謂はざる」と。又曰く「心を動かし性を忍ぶ」と。善性豈に忍ぶ可けんや。犬の性、牛の性、豈に性に非ずや。犬・牛の性も、亦た仁・義・禮・智・信の性ならんや。細かに之を推さば、犬の性は猶ほ犬の性のごとく、牛の性は猶ほ牛の性のごときか。周茂叔も專ら性善を言はず、曰く「五性相感じて善惡分かれ、萬事出づ」と。又曰く「幾は善惡なり」と。程伯淳も專ら性善を言はず、曰く「惡も亦た之を性と謂はざる可からず」と。大抵性善を言ふ者は、義理を主として氣質を言はず。蓋し孟子の諸家を折くに自りて始まる。後來の諸儒遂に此の說を主として敢へて異同せず、是れ未だ天地萬物の情を觀ざるなり。義理は固より是れ天賦なり、氣質も亦た豈に人の為ならんや。眾人を論ずる無かれ、即ち堯舜禹湯文武周孔も、豈に一樣の氣質ならんや。愚僭かに為に之を說きて曰く、「義理の性は、善有りて惡無し。氣質の性は、善有り惡有り。氣質も亦た天の人に命じて生と俱に生ずる者なり、之を性と謂はざる可けんや。程子云ふ、『性を論じて氣を論ぜざれば備はらず、氣を論じて性を論ぜざれば明らかならず』と。性と氣とを分かちて兩項と作さば、便ち透徹せず。張子は善を以て天地の性と為し、清濁純駁を氣質の性と為す、支離なるを覺ゆるに似たり。其の實、天地は只だ是れ一個の氣、理は氣の中に在り、萬物に賦して、方めて性を以て言ふ。故に性の字は生に從ひ心に從ふ、生有るの心を言ふなり。設使ひ氣質無くんば、只だ是れ一個の德性のみ、人人都て是れ生知の聖人ならん。千古の聖賢の千言萬語、教化刑名は都て是れ多かりし底なり、何ぞ苦しむ所ありて此くのごとくならんや。這れ都て是れ氣質を降伏し、德性を扶持するなり。案を此に立て、千百世の後の之を駁するを俟つ」と。
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『童子問』卷下其の下に又之に継いで曰く、凡そ四端の我に有る者、皆拡めて之を充たすことを知らば、火の始めて然え、泉の始めて達するがごとしと。言ふこころは、天下或は亦四端無き者有らば、則ち固より之を如何ともする無し。凡そ四端有る者、苟も能く之を拡充する所以を知らば、則ち其の勢は猶火の始めて然え、泉の始めて達するがごとく、漸次に張皇して、歇止すること能はず。其の凡そ人為る者と曰はずして、凡そ四端の我に有る者と曰ふを観れば、則ち知る、其の四端無き者は、所謂禽獣の心にして、人理を以て論ずべからざる者なれば、置いて論ぜず、其の性善を道ふ者は、皆其の四端有る者に就いて之を言ふなり。孟子の語、明白順妥にして、復た疑ふべき無し。従来諸儒孟子の意を誤認して、以為へらく天下の性は唯善一様にして、一の悪無き者なりと。然るに天下の人を見るに、剛柔善悪、気稟同じからず。是に於て荀・揚・韓の説興る。理気の説作りてより、又其の善なる者は理にして、堯舜より塗人に至るまで異ならず、其の同じからざる者は、則ち気の斉しからざるなりと謂ふ。若し其の説のごとくならば、則ち下愚の移すべからざる者有ること無からん。是に於て、乃ち自暴自棄の者を以て之に充てて曰く、移すべからざるに非ず、移すことを肯ぜざるのみと。是れ皆孟子の意を得ざるが故のみ。此れは是れ先儒未了の公案なり。故に其の詞の繁を厭はず。豈に千載の一大快ならずや。童子曰く、唯と。
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『呻吟語』内篇・談道・善は性なり、性は未だ必ずしも善ならず善は性なり、性は未だ必ずしも善ならず。秤錘は鐵なるも、鐵は秤錘ならず。或るひと曰く、「孟子性善を道ふは、與に非ざるか」と。曰く、「余の言ふ所は、孟子の言なり。孟子は耳目口鼻四肢の欲を以て性と為す。此の性善なるか否か」と。天に自ら兩種の天有り。理道の天有り、氣數の天有り。故に之を人に賦するに、義理の性有り、氣質の性有り。二天は皆な太極より出づ。理道の天は是れ先天、未だ陰陽五行を著けざる以前、純善にして惡無し。氣數の天は是れ後天、陰陽五行に落つるの後、善有り惡有り。孟子の性善を道ふは、只だ個の德性を言ふのみ。
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『童子問』卷上童子曰く、教誨を蒙ることを獲て、始めて論語一書の実に宇宙第一の書為ることを識る。至幸至恵なり。然れども孟子は性善を道ひて、論語は偏へに学問を以て主と為し、性善の説に於ては、則ち未だ嘗て発明する所有らず。豈に一大欠事に非ずやと。曰く、従前の諸儒、多く此に於て按款を欠く。弁ぜざるを容れず。夫れ性・道・教の三者は、実に学問の綱領なり。凡そ聖人の千言万語、其の多きに堪へずと雖も、然れども此に総括せざるは莫し。請ふ、極めて之を言はん。論語は専ら教を言ひて、道其の中に在り。孟子は専ら道を言ひて、教其の中に在り。其の所謂性善と云ふ者は、本自暴自棄する者の為に之を発す。亦た教なり。論語は専ら教を以て主と為す。故に性の美悪は論ぜざる所に在り。故に曰く、性相近きなり、習相遠きなりと。又曰く、教有りて類無しと。言ふこころは、堯舜より途人に至るまで、其の間相去ること奚ぞ啻に千万のみならんや。然れども其の性を論ずれば、則ち亦た甚だ相遠からず。但だ其の相懸絶すること此の如き所以の者は、皆習に由りて然り。苟も学びて以て之を明らかにし、養ひて以て之を充たさば、則ち皆以て悪を変じて善と為すべし。故に性の善悪は置きて論ぜず。此れ論語の専ら教を言ひて、性を道はざる所以なり。孟子は性善を道ふと雖も、徒らに其の理を論ぜず、必ず擴充と曰ひ、必ず存養と曰ふ。所謂擴充存養と云ふ者は、即ち教に非ずして何ぞや。此れ孟子の性善を道ふと雖も、実は教に非ざること莫き所以なり。吾故に曰く、論孟二書は、猶ほ一幅の布に表裏有りて、精粗無きがごとしと。
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伝習録・黄省曾録問う、「古人、性を論ずるに、各々異同有り。何者か乃ち定論と為す」と。先生曰く、「性に定体無し。論も亦た定体無し。本体の上より説く者有り、発用の上より説く者有り、源頭の上より説く者有り、流弊の処より説く者有り。総じて之を言えば、只だ是れ一個の性なり。但だ見る所に浅深有るのみ。若し一辺に執定せば、便ち是ならず。性の本体は、原と是れ善無く・悪無き的なり。発用の上も也(また)原と是れ以て善と為すべく、以て不善と為すべき的なり。其の流弊も也た原と是れ一定の善、一定の悪なり。譬えば眼の如し。喜ぶ時の眼有り、怒る時の眼有り、直視すれば就ち是れ看るの眼、微視すれば就ち是れ覷(うかが)うの眼なり。総じて之を言えば、只だ是れ這個の眼なり。若し怒る時の眼を見得て、就ち未だ嘗て喜ぶの眼有らずと説き、看る時の眼を見得て、就ち未だ嘗て覷うの眼有らずと説かば、皆な是れ執定なり。就ち是れ錯(あやま)りなるを知る。孟子の性を説くは、直だ源頭の上より説き来たる。亦た是れ個の大概、此くの如しと説く。荀子の性悪の説は、是れ流弊の上より説き来たる。也た未だ尽くは他を是ならずと説くべからず。只だ是れ見得ること未だ精ならざるのみ」と。
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