童子問 / 卷中
問。孝亦有大小乎。曰。使父母無憂者易。使父母悅之者難。何者。凡爲人之子者。平生褪身勤業。無亡賴之友。不博奕好飮酒。不好勇鬭狠以危其父母。則足以免父母之憂。然而未足悅父母之心。苟好學志善。立身起家。足以張其祖業。耀其門楣。而後父母之心。怡然驩然。有不勝其悅者。孝之至也。不能使父母無憂者。不可以爲人。不能使父母悅之者。不可以爲子。勉哉。
新字:問。孝亦有大小乎。曰。使父母無憂者易。使父母悦之者難。何者。凡為人之子者。平生褪身勤業。無亡頼之友。不博奕好飲酒。不好勇闘狠以危其父母。則足以免父母之憂。然而未足悦父母之心。苟好学志善。立身起家。足以張其祖業。耀其門楣。而後父母之心。怡然驩然。有不勝其悦者。孝之至也。不能使父母無憂者。不可以為人。不能使父母悦之者。不可以為子。勉哉。
書き下し
問ふ。孝にも亦大小有るか。曰く、父母をして憂へ無からしむる者は易く、父母をして之を悦ばしむる者は難し。何となれば、凡そ人の子為る者、平生身を褪めて業を勤め、亡頼の友無く、博奕せず飲酒を好まず、勇を好み闘狠して以て其の父母を危ふくせざれば、則ち以て父母の憂へを免るるに足る。然り而して未だ父母の心を悦ばしむるに足らず。苟も学を好み善に志し、身を立て家を起こし、以て其の祖業を張り、其の門楣を耀かすに足らば、而る後に父母の心、怡然驩然として、其の悦びに勝へざる者有り。孝の至りなり。父母をして憂へ無からしむること能はざる者は、以て人と為すべからず。父母をして之を悦ばしむること能はざる者は、以て子と為すべからず。勉めんかな。
現代語訳
問う。孝にも大小があるのか。答える。父母に心配をかけないようにすることはたやすく、父母を喜ばせることは難しい。なぜなら、およそ人の子たる者は、ふだん身を慎んで仕事に励み、ならず者の友人を持たず、博打をせず酒に溺れず、腕力を好んで喧嘩をして父母を危うくすることがなければ、父母の心配を免れさせるには足りる。しかしそれではまだ父母の心を喜ばせるには足りない。もし学問を好み善に志し、身を立て家を興し、それによって祖先の業を盛んにし、家門を輝かせることができれば、そうしてはじめて父母の心は和らぎ喜び、その喜びに堪えないほどになる。これが孝の極みである。父母に心配をかけないようにできない者は、人とは言えない。父母を喜ばせることができない者は、子とは言えない。努めなさい。
解説
この章句が説くこと
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