童子問 / 卷中
問。文帝惜百金之費。不敢作露臺。而文王則爲臺爲沼者。何哉。曰。先王築城造門。創臺榭苑囿之類。一以爲國。一以爲民。其爲國者亦爲民而已。非徒爲遊觀敢興作也。魯人爲長府。閔子騫曰。仍舊貫如之何。何必改作。春秋一土木之興必書者。重民力也。夫廣堂大厦。起於倉廩之積。倉廩之積。出於民之耒耜。耒耜之微。積而爲斗升之粟。斗升之粟。積而充于倉廩。倉廩之積。溢爲廣堂大厦。人皆知廣堂大厦之成。起於倉廩。而不知本出於耒耜之微也。聶夷中詩曰。鋤禾日當午。汗滴禾下土。誰識盤中餐。粒粒皆辛苦。其非爲國爲民。而漫興作者。不知所以固邦本也。若夫文王之爲臺沼者。與民同樂之至。庶民子來。不日成之。不可槩而論之也。
新字:問。文帝惜百金之費。不敢作露台。而文王則為台為沼者。何哉。曰。先王築城造門。創台榭苑囿之類。一以為国。一以為民。其為国者亦為民而已。非徒為遊観敢興作也。魯人為長府。閔子騫曰。仍旧貫如之何。何必改作。春秋一土木之興必書者。重民力也。夫広堂大厦。起於倉廩之積。倉廩之積。出於民之耒耜。耒耜之微。積而為斗升之粟。斗升之粟。積而充于倉廩。倉廩之積。溢為広堂大厦。人皆知広堂大厦之成。起於倉廩。而不知本出於耒耜之微也。聶夷中詩曰。鋤禾日当午。汗滴禾下土。誰識盤中餐。粒粒皆辛苦。其非為国為民。而漫興作者。不知所以固邦本也。若夫文王之為台沼者。与民同楽之至。庶民子来。不日成之。不可槩而論之也。
書き下し
問ふ。文帝は百金の費を惜しみて、敢へて露台を作らず。而るに文王は則ち台を為り沼を為る者は、何ぞや。曰く、先王の城を築き門を造り、台榭苑囿の類を創むるは、一は以て国の為にし、一は以て民の為にす。其の国の為にする者も亦民の為なるのみ。徒に遊観の為に敢へて興作するに非ざるなり。魯人長府を為る。閔子騫曰く、旧貫に仍らば之を如何。何ぞ必ずしも改め作らん、と。春秋に一土木の興りも必ず書する者は、民力を重んずればなり。夫れ広堂大厦は、倉廩の積に起こる。倉廩の積は、民の耒耜に出づ。耒耜の微、積みて斗升の粟と為る。斗升の粟、積みて倉廩に充つ。倉廩の積、溢れて広堂大厦と為る。人皆広堂大厦の成るは倉廩に起こることを知りて、本耒耜の微に出づることを知らざるなり。聶夷中の詩に曰く、禾を鋤きて日午に当たる、汗は滴る禾下の土。誰か識らん盤中の餐、粒粒皆辛苦なるを、と。其の国の為民の為に非ずして、漫りに興作する者は、邦本を固むる所以を知らざるなり。夫の文王の台沼を為るがごときは、民と楽しみを同じくするの至りにして、庶民子のごとく来たり、日ならずして之を成す。槩して之を論ずべからざるなり。
現代語訳
問う。文帝は百金の費用を惜しんで、露台を作ろうとしなかった。ところが文王は台を作り池を作ったのはなぜか。答える。先王が城を築き門を造り、台や楼閣、庭園などを造ったのは、一つには国のため、一つには民のためであった。国のためというのも結局は民のためにほかならない。いたずらに遊び眺めるために工事を起こしたのではない。魯の人が長府という蔵を造り直そうとしたとき、閔子騫は「元のままにしておいてはどうか。どうして改めて造る必要があろう」と言った。春秋が一つの土木工事でも必ず記録したのは、民の力を重んじたからである。そもそも広い堂や大きな屋敷は、倉の蓄えから起こる。倉の蓄えは民の鋤から出る。鋤のささやかな働きが積もって一斗一升の穀物となり、一斗一升の穀物が積もって倉を満たし、倉の蓄えがあふれて広い堂や大きな屋敷となる。人はみな、広い堂や大きな屋敷ができるのは倉の蓄えによることを知っているが、もとは鋤のささやかな働きから出ていることを知らない。聶夷中の詩に「稲を鋤いて日は真昼、汗は稲の下の土に滴る。誰が知ろう、皿の上の食事の一粒一粒がみな辛苦の結晶であることを」とある。国のため民のためでもないのにみだりに工事を起こす者は、国の本を固めるすべを知らないのである。文王が台や池を造ったのは、民と楽しみを共にすることの極みであり、民は子が親のもとに集まるように進んで来て、何日もかからずに完成させた。一概に論じてはならないのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『童子問』卷中問ふ。斑固盛んに文帝の倹を称す。古の王者も、亦倹を尚ぶか。曰く、王道は倹を以て本と為す。蓋し奢れば則ち給らず、倹なれば則ち贏り有り。以て我の有余を以て、人人の不足を拯ふべし。己苟も足らずんば、則ち安んぞ能く人の不足を補はん。伝に称す、堯は土階三尺、茅茨剪らず、采椽断たず、監門の食と雖も飽かず、と。未だ必ずしも其の言のごとくならずと雖も、然れども此に由りて以て堯の倹徳を見るべし。孔子曰く、禹は吾間然すること無し。飲食を菲くして、孝を鬼神に致し、衣服を悪しくして、美を黻冕に致し、宮室を卑くして、力を溝洫に尽くす、と。古先の聖王は皆躬自ら倹を務むる者は、蓋し民を養ふの本を植うるなり。故に王道は倹を以て本と為す。文帝紀を観るに、今年の田租の半ばを賜ふと書する者二、田の租税を除くと書する者一。豈に帝躬ら節倹を務めて、軽々しく天下の財を用ひざるの験に非ずや。斯の時に於て、天下富庶にして、黎民乂安し、漢家四百年の国祚を延長せしは、皆文帝の節倹を務めし効なり。
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『正法眼蔵随聞記』巻三有る夜示して云く、唐の太宗即位の後、故殿に栖み給へり、破損せる故に、湿気あがり、風霧冷かにして、玉体おかされつべし、臣下等造作すへき由を奏しければ、帝の言く、時き農節なり、民定めて愁ひあるべし、秋を待て造るべし、湿気に侵さるは地にうけられず、風雨に侵さるは天に合はざるなり、天地に背かば身あるべからず、民を煩はさずんば自ら天地に合ふべし、天地に合はゝ身を侵すべからず、と云ふて終に新宮を作らず、故殿に栖み給へり、
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『都鄙問答』卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段露塵ほども我が身を顧みざるは、臣の道なり。常に手足が口に使はるると、我が身の君に事ふると、違ふことあらば、此は不忠なりと知るべし。此を法とせば、何国にて仕ふるとも、臣の道を離るることあるべからず。扨て臣は政に従ふものなり。下を使ふは、君の道を以て治むべし。古聖人の御代には、君としては万民を子の如く思し召し、民の心を以て、御心となし玉ふ。伝に云ふ、民の好む所は之を好み、民の悪む所は之を悪む、此を之れ民の父母と謂ふ。此のゆへに、聖人は世を没し玉へども、民思ひ慕ひてわすれずと云へり。此の味を知るべし。忠義の臣は名を後世に残し、天下の人これを愛す。礼に曰く、士四十にして志強く立ち、利害に奪はれず、禍福に怵れずんば、以て出で仕ふべし、と見えたり。士の道は、先づ心を知りて志を定むべし。孟子曰く、志を尚くす。
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