童子問 / 卷中
問。中庸章句序曰。堯舜以來聖聖相承。若成湯文武之爲君。臯陶伊傅周召之爲臣。皆以中而接道統之傳。如何。曰。考之典謨訓誥。羣聖人之言及于中者無幾。論語堯曰。咨汝舜。天之曆數在爾躬。允執其中。四海困窮天祿永終。舜亦以命禹。據此。則堯之命舜。舜之命禹。擧此二十二字爲言。而非以允執其中一句命之。可知矣。曆數者。所以紀歲時氣節之序。言代天工而平治天下。則舜即天道也。故曰在爾躬。此語反是要言甚重。且孟子歷叙堯舜禹成湯文武周公之事。唯於湯特曰執中。而不繫之於數聖人。雖三代聖人。夫子特祖述堯舜。而孟子於舜首曰由仁義行。非行仁義也。則仁義之旨。不待孔子。而既明矣。然則。非以中爲堯舜以來相傳之心法。益明矣。
新字:問。中庸章句序曰。堯舜以来聖聖相承。若成湯文武之為君。皋陶伊傅周召之為臣。皆以中而接道統之伝。如何。曰。考之典謨訓誥。羣聖人之言及于中者無幾。論語堯曰。咨汝舜。天之暦数在爾躬。允執其中。四海困窮天禄永終。舜亦以命禹。拠此。則堯之命舜。舜之命禹。挙此二十二字為言。而非以允執其中一句命之。可知矣。暦数者。所以紀歳時気節之序。言代天工而平治天下。則舜即天道也。故曰在爾躬。此語反是要言甚重。且孟子歴叙堯舜禹成湯文武周公之事。唯於湯特曰執中。而不繋之於数聖人。雖三代聖人。夫子特祖述堯舜。而孟子於舜首曰由仁義行。非行仁義也。則仁義之旨。不待孔子。而既明矣。然則。非以中為堯舜以来相伝之心法。益明矣。
書き下し
問ふ。中庸章句の序に曰く、堯舜以来、聖聖相承け、成湯・文武の君たる、皐陶・伊・傅・周・召の臣たるがごとき、皆中を以て道統の伝を接ぐ、と。如何。曰く、之を典謨訓誥に考ふるに、群聖人の言の中に及ぶ者幾ばくも無し。論語堯曰に、咨爾舜、天の暦数爾の躬に在り、允に其の中を執れ、四海困窮せば天禄永く終へん、と。舜も亦以て禹に命ず。此に拠れば、則ち堯の舜に命じ、舜の禹に命ずる、此の二十二字を挙げて言を為す。而して允執其中の一句を以て之に命ずるに非ざること、知るべし。暦数とは、歳時気節の序を紀す所以なり。天工に代はりて天下を平治すれば、則ち舜即ち天道なるを言ふ。故に曰く、爾の躬に在り、と。此の語反つて是れ要言にして甚だ重し。且つ孟子堯・舜・禹・成湯・文・武・周公の事を歴叙して、唯湯に於てのみ特に中を執ると曰ひて、之を数聖人に繋けず。三代の聖人と雖も、夫子は特に堯舜を祖述す。而して孟子は舜に於て首めに、仁義に由りて行ふ、仁義を行ふに非ず、と曰ふ。則ち仁義の旨、孔子を待たずして、既に明らかなり。然らば則ち中を以て堯舜以来相伝の心法と為すに非ざること、益明らかなり。
現代語訳
問う。朱子の中庸章句序には「堯舜以来、聖人が次々に受け継ぎ、成湯・文王・武王のような君主、皐陶・伊尹・傅説・周公・召公のような臣下は、みな中によって道統の伝えを継いだ」とある。どうか。答える。書経の典・謨・訓・誥を調べても、聖人たちの言葉で中に触れたものはいくらもない。論語堯曰篇に「ああ汝舜よ、天の暦数は汝の身にある。まことにその中を執れ。四海の民が困窮すれば天の禄は永く絶えるであろう」とあり、舜もまたこれを禹に命じた。これによれば、堯が舜に、舜が禹に命じたのは、この二十二字全体を挙げて言ったのであって、「允執其中」の一句だけを命じたのではないことがわかる。暦数とは、季節や時候の順序を記すものである。天の仕事に代わって天下を治めるのだから、舜がすなわち天道だということを言っている。だから「汝の身にある」と言ったのであり、この語こそかえって要となる重い言葉である。また孟子は堯・舜・禹・成湯・文王・武王・周公の事跡を順に述べながら、湯についてだけ「中を執る」と言い、ほかの聖人には結びつけていない。三代の聖人がいても、孔子はとくに堯舜を祖述した。そして孟子は舜について真っ先に「仁義によって行う、仁義を行おうとするのではない」と言った。してみれば仁義の趣旨は孔子を待たずにすでに明らかだったのである。そうであれば、中を堯舜以来伝えられた心法とするのではないことは、いよいよ明らかである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『童子問』卷中問ふ。吾聞く、中なる者は、堯舜以来相伝ふるの心法にして、此を以て聖聖相承く、と。今専ら仁義を主張するは、何ぞや。曰く、仁義は即ち中なり。兼愛・為我は、之を過ぐるに失して、仁義に非ず。煦煦孑孑は、之を及ばざるに失して、亦仁義に非ず。所謂仁義とは、乃ち其の過不及無き者を言ふ。故に周子曰く、仁義中正のみ、と。其の専ら中を以て伝授の心法と為し、而して仁義を以て孔孟の宗旨と為さざる者は、蓋し深く考へざるのみ。中の理は虚にして、仁義の徳は実なり。
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『童子問』卷下問ふ、夫子既に堯舜より賢れり。則ち奚ぞ自ら之を作らずして、之を祖述するや、と。曰く、此れ汝の識る所に非ざるなり。其の之を祖述する者は、是れ自ら之を祖述するなり。其の文武を憲章する者も、亦是れ自ら之を憲章するなり。孟子人に教ふるに、又堯舜の道を表章して、未だ嘗て一言も堯舜以前の事に及ばず。即ち夫子祖述の意なり。夫れ堂下稠人の中に厠はれば、則ち堂下の人の曲直を弁ずること能はず。身堂上に在りて、乃ち能く堂下の人の曲直を弁ず。夫子の堯舜を祖述するや、夫子実に堯舜に及ばざる所有りて之を祖述するに非ず。蓋し天下の上に高出するの明有りて、能く天下の観ざる所を燭らす。能く天下の観ざる所を燭らして、能く天下の至極する所を知る。道なる者は、中庸に至りて極まり、人倫日用の間を出でずして、天下万世、須臾も離るべからざる所なり。夫子は天下の上に高出するの明を以て、能く天下の親しまざる所を燭らし、古今を洞照し、群聖を歴選して、其の中庸の極に造りて、万世の標準と為すべき者は、唯堯舜のみ。是れ其の之を祖述する所以なり。
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『童子問』卷下藉令堯舜に非ずとも、若し能く中庸の極に造りて、以て万世に師表たるに足る者有らば、夫子も亦必ず之を祖述せん。何ぞ必ずしも堯舜のみならんや。所謂文武を憲章する者も、亦是れなり。憲章とは、顕らかに之を表章するなり。亦祖述の謂ひなり。夫れ其の意に非ざれば、則ち之を祖述せず。其の意に非ざれば、則ち亦之を憲章せず。猶身堂上に在りて、堂下の人の直なる者を指して之を示すがごとし。故に曰く、其の之を祖述する者は、是れ自ら之を祖述するなり。其の之を憲章する者は、是れ自ら之を憲章するなり、と。其の伏犧・神農・黄帝を取らず、又少昊・顓頊・高辛を列せずして、独り堯舜を祖述するは、是れ夫子の独りする所にして、堯舜と雖も亦及ばざる所なり。故に堯舜を祖述するは、是れ其の堯舜より賢れる所以なり。子曰く、述べて作らず、と。又曰く、信じて古を好む、と。夫れ夫子の大聖を以てして、卒に自ら我より古を作らず。是れ孔子の本心にして、学問の極則なり。故に論語の子罕・堯曰の二篇、群聖を歴挙して、皆堯舜に始まりて文武に終はる。許行神農の言を為せば、則ち孟子も亦堯舜の天下を憂ふるを以て折衷す。中庸の夫子の徳を賛して、堯舜を祖述し文武を憲章すと曰ふ所以、其の意見るべし。而るに宋の諸大儒、或いは天皇・地皇・人皇を以て三皇と為し、庖犧・神農・黄帝・堯舜を以て五帝と為し、或いは別に伏犧・神農・黄帝・堯舜を以て列と為す。皆夫子の堯舜を祖述するの意を知らざるが故なり。
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『童子問』卷中問ふ。程子は中庸を以て孔門伝授の心法と為す。如何。曰く、中庸の名は肇めて論語に見ゆ。過不及無くして平常行ふべきの道を謂ふのみ。単に中と言ふと、其の義自ら別なり。中庸の書は、即ち論語の衍義なり。専ら孔門の心法と為すは、非なり。曾子曰く、夫子の道は、忠恕のみ、と。顔淵仁を問ふ。子曰く、己に克ちて礼に復るを仁と為す、と。子貢曰く、仁且つ智、夫子既に聖なり、と。斯れ之を孔門伝授の心法と謂ふ。皆仁義の旨に非ざるは莫し。未だ中を以て伝授の心法と為すを聞かざるなり。
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『童子問』卷中問ふ。然らば則ち仁義は中より重きか。曰く、然り。学問は仁義より貴きは莫く、而して仁義を存するは、礼より要なるは莫し。故に論語は礼を言ひて、中を言はず。顔淵仁を問ふ。子曰く、己に克ちて礼に復るを仁と為す、と。又曰く、君子博く文を学び、之を約するに礼を以てせば、亦以て畔かざるべきか、と。又曰く、恭にして礼無ければ則ち労す。慎にして礼無ければ則ち葸す。勇にして礼無ければ則ち乱す。直にして礼無ければ則ち絞す、と。是れ皆孔門の人を教ふる切要の言にして、万世学問の規矩準縄、所謂至当一に帰し、精義二無き者なり。蓋し唐虞の時は、教法未だ詳らかならず。其の行ふ所、仁義に非ざるは莫くして、未だ仁義の目有らず。故に曰く、允に其の中を執れ、と。孔孟に至るに及びて、専ら仁義を以て教と為して、礼を以て要と為す。中は猶ほ星無きの秤のごとく、礼は猶ほ秤の物を量るがごとし。中には泛然として拠り難きの患ひ有り、而して礼には秩然として執るべきの則有り。礼は本仁義に由りて生ずと雖も、又能く仁義を存するの功有り。夫子常に礼を以て人を教へて、中を言はざる所以なり。
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『童子問』卷上問ふ、従来皆論語を以て、徒らに平易近情・意味親切と為して、未だ其の広大甚深にして、此の如く知り難きことを知らざるなり。冀はくは申ねて審喩を垂れよと。曰く、論語の書は、聖人大中至正の心を以て、大中至正の道を説く。故に唯だ大中至正の人のみ能く之を知る。子必ず難知難行・高遠にして及ぶべからざる者を以て至道と為して、易知易行・平正親切なる者の、却つて是れ万世不易・天下極至の理なることを知らず。蓋し難知難行・高遠にして及ぶべからざるの説は、乃ち異端邪説にして、易知易行・平正親切なる者は、便ち是れ堯舜の道にして、孔子立教の本原、論語の宗旨なり。昔在、孔子古今を旁観し、群聖を歴選して、特に堯舜を祖述し、文武を憲章し、尽く夫の難知難行・磅礴広大にして窺測すべからざるの説を黜けて、其の易知易行・万世不易の道を立て、以て生民の極と為し、之を門人に伝へ、之を後世に詔ぐ。
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