弟子規 / 信・見未真
見未真、勿輕言、知未的、勿輕傳 事非宜、勿輕諾、苟輕諾、進退錯
新字:見未真、勿軽言、知未的、勿軽伝 事非宜、勿軽諾、苟軽諾、進退錯
書き下し
見ること未だ真ならざれば、軽々しく言う勿かれ。知ること未だ的ならざれば、軽々しく伝うる勿かれ。 事の宜しからざるは、軽々しく諾う勿かれ。苟くも軽々しく諾えば、進退錯らん。
現代語訳
自分の目で見て確かでないうちは、軽々しく口にしてはいけません。はっきり知らないうちは、軽々しく人に伝えてはいけません。 筋に合わないことは、軽々しく引き受けてはいけません。いいかげんに引き受ければ、進むにも退くにも誤ることになります。
解説
見たことと聞いたことを分け、確かでないものは言わず、伝えず、引き受けないという三つの慎みを並べた条です。いずれも言葉が行動に変わる手前で止める作法といえます。現代の組織では、うわさや又聞きが数人を経るうちに事実のように育つことがよくあります。会議で確認していない数字を口にする、できるか分からない納期を安請け合いする、といった場面が典型です。まず見たか、確かめたかを自分に問う習慣があれば、事故の多くは入口で防げます。断る勇気も信用の一部です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
軽言軽伝軽諾真的進退
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『呻吟語』外篇・治道・枉尺直尋政を為すに私に徇ひ、謗を弭め、道に違ひ、譽を干むるを以て第一の恥と為す。人上たる者は自ら應に行ふべき道理有り。合へば則ち行ひ、合はざれば則ち去る。若し委曲遷就し、利を計り害を慮らば、身を奉じて退くに如かず。孟子の謂ふ枉尺直尋は、推し起こし來たる可からず。一寸を枉げて千尺を直くすと雖も、恐らくは亦た未だ可ならざるなり。或るひと曰く、「君親の際に處するに、恐らくは當に枉ぐべき處有らん」と。曰く、「當に枉ぐべくんば則ち之を枉ぐと謂ふを得ず。是れを權以て經を行ふと謂ふ。畢竟是れ直道にして行ふなり」と。
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言志四録・言志録 第八十七条 托孤の任托孤の任に当る者は、孤主の年長ずるに迨びて、則ち当に早く権を君に還して以て自ら退避すべし。乃ち能く君臣両つながら全し。伊尹曰く、「臣寵利を以て成功に居ること罔かれ」と。是れ阿衡実践の言にして、万世大臣の亀鑑なり。
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『慎思録』巻之六左伝に晋の随武子曰く、可を見て進み、難きを知りて退くは、軍の善政なりと。蓋し兵を用ゐるの道は、進退に度有り。度を失へば則ち不可なり。夫れ進むべからずして進み、退くべくして退かざるは、是れ勇者の事、太過と為すべし。我が国俗の貴ぶ所なり。然り而して法の禁ずる所なり。軍に利あらざるに由るなり。進むべくして進まず、退くべからずして退く者は、是れ怯者の事、不及と為すべし。国俗の賤しむ所、是れ亦法の禁ずる所にして、戦ひに利あらず。四者は勇怯同じからずと雖も、然れども兵を用ゐるに害有るは則ち一なり。
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『春秋左氏伝』哀公十一年 鳥は木を択ぶ悼子亡(に)ぐ。衛人夏戊を翦る。孔文子の將に大叔を攻めんとするや、仲尼に訪ふ。仲尼曰く、「胡簋の事は、則ち嘗て之を學べり。甲兵の事は、未だ之を聞かざるなり」と。退きて駕を命じて行かんとして曰く、「鳥は則ち木を擇ぶ。木豈に能く鳥を擇ばんや」と。文子遽かに之を止めて曰く、「圉豈に敢へて其の私を度らんや。衛國の難を訪ふなり」と。將に止まらんとす。魯人幣を以て之を召く。乃ち歸る。季孫田賦を以てせんと欲し、冉有をして諸を仲尼に訪はしむ。仲尼曰く、「丘は識らざるなり」と。三たび發す。卒に曰く、「子は國老為り。子を待ちて行はんとす。若之何ぞ子の言はざるや」と。仲尼對へず。而して冉有に私して曰く、「君子の行ひや、禮に度る。施すは其の厚きを取り、事は其の中を舉げ、斂むるは其の薄きに從ふ。是の如くならば則ち丘を以てするも亦た足れり。若し禮に度らずして、貪冒厭くこと無くんば、則ち田賦を以てすと雖も、將た又足らざらん。且つ子季孫若し行ひて法とせんと欲せば、則ち周公の典在り。若し苟もして行はんと欲せば、又何ぞ訪はん」と。聽かず。
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『呻吟語』内篇・修身・身は道の輿なり身なる者は、道の輿なり。身は道を載せて以て行く。道は身を載せて以て行くに非ざるなり。故に君子は道行はるれば、則ち身之に從ひて以て進む。道行はれざれば、則ち身之に從ひて以て退く。道行はれずして進むを求めて已まざるは、之を譬ふれば大賈の百貨山積して售れざるに、載せて以て歸らずして、又た空輿を以て錢を僱ふがごとし。販夫も之を笑ふ。貪鄙孰れか甚だしからんや。
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