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大学或問 / 『大学或問』米価を定めて凶年に備える小策

二十一小惠ながら益あるべき事、 (問)前に承る富有大業は古今有がたき仁政なれども、餘りに大きなる事なれば急に成かたからんか、今其まゝにて成やすく、世間もくつろぎ、北狄の手當十分ならずども、成べき事あらんか、 (答)近年豐年にて大身小身士民共に至極困窮せり、民も今豐年の時、米高直ならでは用達せず、凶年には賣るべき米なければ、高直にても益なし、大名家中ともに然り、たとへば中の國、至極の凶年にはあらで、中より下の年なれば、大坂へ上する賣米三萬石あり、近年豐年にて五萬石ならば、凶年の積りに三萬石上せて、二萬石泉にて積置、北狄の手當さては後來凶年飢饉の備とせん、諸國これに應ずべし、しからば一石五拾錢目にはなるべきか、それより高直成事もあらんか、今は壹石五拾錢目中分なり、さありては武士も下々も難義なるべからず、しかれども近年のごとく米を急にうらで叶はざる勢ひなれば、右の積益なき事ならん、米を錢の直段のごとく石五拾錢目に定め、米にてなりとも銀にて成ともさりきらひなく、少しの賣買はいふに及ばず、借銀の利上、吳服所の代物までも、米にて遣し度ものは、つけ上せるやうならば手支あるまじ、暫く貴賤ともくつろぎの間は、借銀すます事を相延し、かし主へは家内の用ほど、諸大名より米を差上せば、米壹萬石借銀の利息の爲に銀に賣るかたは漸く千石にて足べし、九千石を五拾錢目の米にして遣はゞ、今のごとくに江戶詰にても用は足べき哉、又江戶大坂にて米の直段五拾錢目六拾錢目の間に定り、六拾一錢目に上りなば五拾九錢目に買下げ、四拾九錢目に下りなば五拾壹錢目に買上げ、其間拾錢目は米屋の利倍たるべし、御藏と諸大名の藏とめぐりて買上げ買下げせばつかへ有まじきか、かやうの事にはつかへ有ものなれども、其時にいたりてつかへを解事やすし、五拾錢目の餘は浪人と一日過の者のために少し高過たるやうなれども、武士競ひぬれば親類知音合力も成やすし、一日過も武士と民とよければ工商もよし、雇もの多ければこれも少し高直なるは却てよし、所帶にても遲ひあるべし、六拾錢目餘は高直過て飢者あり、右の畜へ米改にては凶年とても六拾錢目の餘へは出べからず、此まゝにて食つめに困窮し變を待んよりはまさるべき歟、しかれども其分にては浪人遊民等の無告の者も在附ず、士農工商の借金もすまず、北狄の備も全からず、大なる仁政にはあらず、

新字:二十一小恵ながら益あるべき事、 (問)前に承る富有大業は古今有がたき仁政なれども、余りに大きなる事なれば急に成かたからんか、今其まゝにて成やすく、世間もくつろぎ、北狄の手当十分ならずども、成べき事あらんか、 (答)近年豊年にて大身小身士民共に至極困窮せり、民も今豊年の時、米高直ならでは用達せず、凶年には売るべき米なければ、高直にても益なし、大名家中ともに然り、たとへば中の国、至極の凶年にはあらで、中より下の年なれば、大坂へ上する売米三万石あり、近年豊年にて五万石ならば、凶年の積りに三万石上せて、二万石泉にて積置、北狄の手当さては後来凶年飢饉の備とせん、諸国これに応ずべし、しからば一石五拾銭目にはなるべきか、それより高直成事もあらんか、今は壱石五拾銭目中分なり、さありては武士も下々も難義なるべからず、しかれども近年のごとく米を急にうらで叶はざる勢ひなれば、右の積益なき事ならん、米を銭の直段のごとく石五拾銭目に定め、米にてなりとも銀にて成ともさりきらひなく、少しの売買はいふに及ばず、借銀の利上、呉服所の代物までも、米にて遣し度ものは、つけ上せるやうならば手支あるまじ、暫く貴賤ともくつろぎの間は、借銀すます事を相延し、かし主へは家内の用ほど、諸大名より米を差上せば、米壱万石借銀の利息の為に銀に売るかたは漸く千石にて足べし、九千石を五拾銭目の米にして遣はゞ、今のごとくに江戸詰にても用は足べき哉、又江戸大坂にて米の直段五拾銭目六拾銭目の間に定り、六拾一銭目に上りなば五拾九銭目に買下げ、四拾九銭目に下りなば五拾壱銭目に買上げ、其間拾銭目は米屋の利倍たるべし、御蔵と諸大名の蔵とめぐりて買上げ買下げせばつかへ有まじきか、かやうの事にはつかへ有ものなれども、其時にいたりてつかへを解事やすし、五拾銭目の余は浪人と一日過の者のために少し高過たるやうなれども、武士競ひぬれば親類知音合力も成やすし、一日過も武士と民とよければ工商もよし、雇もの多ければこれも少し高直なるは却てよし、所帯にても遅ひあるべし、六拾銭目余は高直過て飢者あり、右の畜へ米改にては凶年とても六拾銭目の余へは出べからず、此まゝにて食つめに困窮し変を待んよりはまさるべき歟、しかれども其分にては浪人遊民等の無告の者も在附ず、士農工商の借金もすまず、北狄の備も全からず、大なる仁政にはあらず、

書き下し

二十一小惠ながら益あるべき事、 (問)前に承る富有大業は古今有がたき仁政なれども、餘りに大きなる事なれば急に成かたからんか、今其まゝにて成やすく、世間もくつろぎ、北狄の手當十分ならずども、成べき事あらんか、 (答)近年豐年にて大身小身士民共に至極困窮せり、民も今豐年の時、米高直ならでは用達せず、凶年には賣るべき米なければ、高直にても益なし、大名家中ともに然り、たとへば中の國、至極の凶年にはあらで、中より下の年なれば、大坂へ上する賣米三萬石あり、近年豐年にて五萬石ならば、凶年の積りに三萬石上せて、二萬石泉にて積置、北狄の手當さては後來凶年飢饉の備とせん、諸國これに應ずべし、しからば一石五拾錢目にはなるべきか、それより高直成事もあらんか、今は壹石五拾錢目中分なり、さありては武士も下々も難義なるべからず、しかれども近年のごとく米を急にうらで叶はざる勢ひなれば、右の積益なき事ならん、米を錢の直段のごとく石五拾錢目に定め、米にてなりとも銀にて成ともさりきらひなく、少しの賣買はいふに及ばず、借銀の利上、吳服所の代物までも、米にて遣し度ものは、つけ上せるやうならば手支あるまじ、暫く貴賤ともくつろぎの間は、借銀すます事を相延し、かし主へは家内の用ほど、諸大名より米を差上せば、米壹萬石借銀の利息の爲に銀に賣るかたは漸く千石にて足べし、九千石を五拾錢目の米にして遣はゞ、今のごとくに江戶詰にても用は足べき哉、又江戶大坂にて米の直段五拾錢目六拾錢目の間に定り、六拾一錢目に上りなば五拾九錢目に買下げ、四拾九錢目に下りなば五拾壹錢目に買上げ、其間拾錢目は米屋の利倍たるべし、御藏と諸大名の藏とめぐりて買上げ買下げせばつかへ有まじきか、かやうの事にはつかへ有ものなれども、其時にいたりてつかへを解事やすし、五拾錢目の餘は浪人と一日過の者のために少し高過たるやうなれども、武士競ひぬれば親類知音合力も成やすし、一日過も武士と民とよければ工商もよし、雇もの多ければこれも少し高直なるは却てよし、所帶にても遲ひあるべし、六拾錢目餘は高直過て飢者あり、右の畜へ米改にては凶年とても六拾錢目の餘へは出べからず、此まゝにて食つめに困窮し變を待んよりはまさるべき歟、しかれども其分にては浪人遊民等の無告の者も在附ず、士農工商の借金もすまず、北狄の備も全からず、大なる仁政にはあらず、

現代語訳

二十一 小さな恵みながら益があるはずの事について。 問う。前に伺った富有の大業は、古今に得がたい仁政だが、あまりに大きな事なので、急にはできないだろう。今のままで実行しやすく、世間もゆとりが出て、北狄(外敵)への備えは十分でなくても、できることはあるか。 答える。近年は豊年で、大身・小身の士も民も、きわめて困窮している。民も、今のような豊年のときには、米が高値でなければ生活が成り立たない。凶年には売る米がないので、高値でも益がない。大名とその家中も同じである。たとえば中程度の国で、きわめての凶年ではなく、中より下の年であれば、大坂へ上げて売る米が三万石ある。近年は豊年で五万石になるなら、凶年の見積もりで三万石を上げて、二万石は領内の蔵に積み置き、北狄への備え、さらに将来の凶年飢饉の備えとする。諸国もこれに応じるようにする。そうすれば一石五十匁にはなるだろう。それより高くなることもあるだろう。今は一石五十匁が中程度である。そうなれば、武士も下々も難儀しないだろう。しかし近年のように米を急いで売らなければならない状況では、右の見積もりも益がないだろう。米を銭の値段のように一石五十匁と定め、米でも銀でも嫌わず取り交わし、少しの売買はいうまでもなく、借銀の利息や呉服所の代金までも、米で払いたい者は、米を付け上せるようにすれば、不自由はないだろう。しばらく貴賤ともゆとりができる間は、借銀の返済を延ばし、貸し主へは家内の用の分だけ、諸大名から米を差し上げれば、米一万石を借銀の利息のために銀に売っていたところが、ようやく千石で足りる。残り九千石を五十匁の米にして渡せば、今のように江戸詰めでも用は足りるだろうか。また、江戸・大坂で米の値段が五十匁から六十匁の間に定まり、六十一匁に上がれば五十九匁に買い下げ、四十九匁に下がれば五十一匁に買い上げ、その間の十匁は米屋の利益とする。幕府の御蔵と諸大名の蔵とで回して買い上げ・買い下げすれば、支障はないだろうか。このようなことには支障が出るものだが、その時になって支障を解くのは易しい。五十匁を超える分は、浪人とその日暮らしの者のために少し高すぎるようだが、武士が勢いを得れば、親類・知人の援助もしやすくなる。その日暮らしの者も、武士と民が良ければ、工商も良い。雇われる者が多ければ、これも少し高値であることはかえってよい。所帯でも遅れはあるだろう。六十匁を超えると高すぎて飢える者が出る。右のように蓄える米を調べておけば、凶年でも六十匁を超えて出ることはないだろう。このままで食い詰めて困窮し、変事を待つよりはましであろうか。しかし、その程度では、浪人や遊民などの身寄りのない者も落ち着かず、士農工商の借金も済まず、北狄への備えも十分でなく、大きな仁政とはいえない。

解説

蕃山が示す小策は、豊年に米価が下がって武士も民も困窮する状況で、米価を一定の範囲に保ち、余剰を蓄えて凶年に備える方法です。価格が安すぎても高すぎても人が困るため、五十匁から六十匁の間に買い上げ・買い下げで収めるという、現代でいえば価格安定と備蓄に近い発想です。そのうえで蕃山自身が、この程度では浪人や借金の根本問題は解けず、大きな仁政ではないと限界を認めています。景気や需給の波に対し、好調時に蓄えを積んで不調時に備えるという原則は、企業の資金繰りにも通じます。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

豊年米価五十匁備蓄買上買下凶年の備え

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