大学或問 / 『大学或問』廃たる米と米遣いの構想
(問)此勢を變ずる政ありて廢たる米は何々ぞ、 (答)大廢たりあり、之をすて給はずば公儀も諸侯も大富有に成給ひて、今の藏々にては置所なかるべし、諸侯の分にては叶はず、公儀に大道の御志あれば今の節は易かるべし、此勢少も變ぜば御志出來とも叶ふべからず、誠に少ばかり記すべし、故に眼前小事の廢たりを記すなり、川堤の普請の仕樣其地理を得ずして廢たる米、六十餘州にて水年には大凡高百萬石はあるべし、又池所あれどもせず、すれども無功にて用すくなき廢たり旱年に多し、第二には江戶の大廻船九州四國西國北國より大坂への米船破損の廢たり數しらず、第三には昔の粟納變じて米納となり、藏々にて蟲に成て廢たる米數しらず、第四には酒屋昔に百倍して水に成て廢たる米數しらず、第五にはたばこ地の廢たり、第六には田に綿を作る廢たり、第七には民力よわく田に出來べき米のすくなき廢たり、第八には南蠻菓子昔に百倍する廢たり、此の如きの廢たり此の外に多かるべし、今は此の廢たりなくては武家米を賣りて公儀を勤むべき樣なし、近年世の中あしからで賣米多ければ、天下の困窮となりたるにて知るべし、 (問)廢たる米をすてずして米は下直ならず、貴賤とも悅ぶべき政は何ぞや、 (答)今は金銀錢の通用なる故米を賣らでは公役も何も調はず、此故に大坂江戶の津にては賣米のみ滿ち〳〵て買者少なければ下直に成て諸人困窮す、根本國々の米は思ひの外にすくなし、米の直段を錢のごとく定て、京大坂江戶諸國共に諸色を米にて賣買し、吳服所を初め米にて渡さば、其の下の職人にも米にて渡し、諸物米にて買ふべし、東國衆の京の買物西國衆と米爲替にもなるべし、少しづゝ差支へることはあれども、それは時にあたりて解□易かるべし、米を賣らでも事のかけざるやうにして、彼の廢たる米を取あげ、粟にて諸國に積置なば飢饉にも餓る者なく、北狄來るとも兵粮に事欠べからず、 (問)金銀錢は廢たるべきか、 (答)是も其まゝつかはるべし、米金銀錢きらひなく取遣するときはいづれも用に立なり、 (問)米の直段はいかゞ、 (答)一石銀五拾目今の中なるべし、其後は勢次第にて時の中あるべし、
新字:(問)此勢を変ずる政ありて廃たる米は何々ぞ、 (答)大廃たりあり、之をすて給はずば公儀も諸侯も大富有に成給ひて、今の蔵々にては置所なかるべし、諸侯の分にては叶はず、公儀に大道の御志あれば今の節は易かるべし、此勢少も変ぜば御志出来とも叶ふべからず、誠に少ばかり記すべし、故に眼前小事の廃たりを記すなり、川堤の普請の仕様其地理を得ずして廃たる米、六十余州にて水年には大凡高百万石はあるべし、又池所あれどもせず、すれども無功にて用すくなき廃たり旱年に多し、第二には江戸の大廻船九州四国西国北国より大坂への米船破損の廃たり数しらず、第三には昔の粟納変じて米納となり、蔵々にて虫に成て廃たる米数しらず、第四には酒屋昔に百倍して水に成て廃たる米数しらず、第五にはたばこ地の廃たり、第六には田に綿を作る廃たり、第七には民力よわく田に出来べき米のすくなき廃たり、第八には南蠻菓子昔に百倍する廃たり、此の如きの廃たり此の外に多かるべし、今は此の廃たりなくては武家米を売りて公儀を勤むべき様なし、近年世の中あしからで売米多ければ、天下の困窮となりたるにて知るべし、 (問)廃たる米をすてずして米は下直ならず、貴賤とも悦ぶべき政は何ぞや、 (答)今は金銀銭の通用なる故米を売らでは公役も何も調はず、此故に大坂江戸の津にては売米のみ満ち〳〵て買者少なければ下直に成て諸人困窮す、根本国々の米は思ひの外にすくなし、米の直段を銭のごとく定て、京大坂江戸諸国共に諸色を米にて売買し、呉服所を初め米にて渡さば、其の下の職人にも米にて渡し、諸物米にて買ふべし、東国衆の京の買物西国衆と米為替にもなるべし、少しづゝ差支へることはあれども、それは時にあたりて解□易かるべし、米を売らでも事のかけざるやうにして、彼の廃たる米を取あげ、粟にて諸国に積置なば飢饉にも餓る者なく、北狄来るとも兵粮に事欠べからず、 (問)金銀銭は廃たるべきか、 (答)是も其まゝつかはるべし、米金銀銭きらひなく取遣するときはいづれも用に立なり、 (問)米の直段はいかゞ、 (答)一石銀五拾目今の中なるべし、其後は勢次第にて時の中あるべし、
書き下し
(問)此勢を變ずる政ありて廢たる米は何々ぞ、 (答)大廢たりあり、之をすて給はずば公儀も諸侯も大富有に成給ひて、今の藏々にては置所なかるべし、諸侯の分にては叶はず、公儀に大道の御志あれば今の節は易かるべし、此勢少も變ぜば御志出來とも叶ふべからず、誠に少ばかり記すべし、故に眼前小事の廢たりを記すなり、川堤の普請の仕樣其地理を得ずして廢たる米、六十餘州にて水年には大凡高百萬石はあるべし、又池所あれどもせず、すれども無功にて用すくなき廢たり旱年に多し、第二には江戶の大廻船九州四國西國北國より大坂への米船破損の廢たり數しらず、第三には昔の粟納變じて米納となり、藏々にて蟲に成て廢たる米數しらず、第四には酒屋昔に百倍して水に成て廢たる米數しらず、第五にはたばこ地の廢たり、第六には田に綿を作る廢たり、第七には民力よわく田に出來べき米のすくなき廢たり、第八には南蠻菓子昔に百倍する廢たり、此の如きの廢たり此の外に多かるべし、今は此の廢たりなくては武家米を賣りて公儀を勤むべき樣なし、近年世の中あしからで賣米多ければ、天下の困窮となりたるにて知るべし、 (問)廢たる米をすてずして米は下直ならず、貴賤とも悅ぶべき政は何ぞや、 (答)今は金銀錢の通用なる故米を賣らでは公役も何も調はず、此故に大坂江戶の津にては賣米のみ滿ち〳〵て買者少なければ下直に成て諸人困窮す、根本國々の米は思ひの外にすくなし、米の直段を錢のごとく定て、京大坂江戶諸國共に諸色を米にて賣買し、吳服所を初め米にて渡さば、其の下の職人にも米にて渡し、諸物米にて買ふべし、東國衆の京の買物西國衆と米爲替にもなるべし、少しづゝ差支へることはあれども、それは時にあたりて解□易かるべし、米を賣らでも事のかけざるやうにして、彼の廢たる米を取あげ、粟にて諸國に積置なば飢饉にも餓る者なく、北狄來るとも兵粮に事欠べからず、 (問)金銀錢は廢たるべきか、 (答)是も其まゝつかはるべし、米金銀錢きらひなく取遣するときはいづれも用に立なり、 (問)米の直段はいかゞ、 (答)一石銀五拾目今の中なるべし、其後は勢次第にて時の中あるべし、
現代語訳
問う。この勢いを変える政治があるなら、無駄になった米とは何々か。 答える。大きな無駄がある。これを捨てなければ、公儀も諸侯も大いに富有になられ、今の蔵々では置き場所がないほどだろう。諸侯の分限ではかなわない。公儀に大道への志があれば、今の時期は易しいだろう。この勢いを少しでも変えれば、志が出てもかなわなくなる。ここでは、ほんの少しだけ記そう。だから、目の前の小事の無駄を記すのである。第一に、川や堤の普請の仕方がその土地の地形に合っていないために無駄になる米は、六十余州で、水害の年にはおよそ高百万石はあるだろう。また、池を作る場所があるのに作らず、作っても効果がなく役に立たない無駄は、日照りの年に多い。第二に、江戸の大廻船や、九州・四国・西国・北国から大坂への米船の破損による無駄は、数知れない。第三に、昔の粟の納入が米の納入に変わり、蔵々で虫が湧いて無駄になる米は数知れない。第四に、酒屋が昔の百倍になり、酒という水になって無駄になる米は数知れない。第五に、煙草地の無駄。第六に、田に綿を作る無駄。第七に、民の力が弱く、田で出来るはずの米が少ない無駄。第八に、南蛮菓子が昔の百倍になる無駄。このような無駄は、この外にも多いだろう。今は、この無駄がなくては、武家が米を売って公儀の務めを果たすことができない。近年、世の中が悪くないのに売る米が多ければ、天下の困窮となることで分かるだろう。 問う。無駄になる米を捨てずに、米は安くならず、身分の上下とも喜ぶ政治とは何か。 答える。今は金銀銭が通用している世の中なので、米を売らなければ公役も何も調わない。このため、大坂・江戸の港では、売る米ばかりが満ちあふれて買う者が少ないので、安くなって人々が困窮する。根本の国々の米は、思いのほか少ない。米の値段を銭のように定め、京・大坂・江戸と諸国のどこでも、諸品を米で売買し、呉服所をはじめ米で渡すなら、その下の職人にも米で渡し、諸物を米で買うべきである。東国の人の京での買い物は、西国の人と米為替にもなるだろう。少しずつ差し支えることはあるが、それは時にあたって解決しやすいだろう。米を売らなくても事が欠けないようにして、あの無駄になる米を取り上げ、粟にして諸国に積み置けば、飢饉でも餓える者はなく、北狄が来ても兵糧に事欠かないだろう。 問う。金銀銭は廃止するのか。 答える。これもそのまま使われるべきである。米・金銀・銭をきらわず取り遣りするとき、どれも役に立つ。 問う。米の値段はどのくらいか。 答える。一石銀五十匁が今の中であろう。その後は勢い次第で、その時々の中があるだろう。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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