大学或問 / 『大学或問』賢君の中興と四つの心病
十八賢君仁政中興の事、 (問)今賢君我邦を中興し給はゞ儒道を用ひ給ふべきか、 (答)中興の主何ぞ儒佛に倚給はん、唯賢君の仁政にて儒も佛も其中に養はるべきのみ、堯曰く允執其中と時にあたりてなすべき至善あり、然るに中とのたまふものは私心なくよる所なく、天理にしたがひて時所位の當然を執行ふなり、 (問)何をか私心のよる所のといふ、 (答)大君諸侯の中を執る事あたはざる心病あり、一には我を立て人の善を取らず、二には下問を恥ぢて問とをこのまず、故に知る事狹くして人情事變をしらず、政事可にあたらずして人民の歎きあり、苦みあり憤りありて、天地神明を驚し造化をそこなへり、人道は造化を助るものなるに、却てさまたぐる時は天災地妖生し、人疾病多し、甚くしては言路を閉、謗を戒しむ、此の如くなれば凶亂遠からず、三には儒をこのみ佛を好み神をこのむ、此三ツは善なれ共かたよる時は政に害あり、儒は王道の跡なりといへども、今の儒は己を是とし彼を非とするのみ、德を知らざれは一流の學者なり、小德は川流のごとし、大德の敦化に非す、四には賞爵にかたより吟味つよく爵多きは天地の生意を害す、人心安からず好て賞するもよからす、賞其功にあたらざるものあり、必しも賞爵を好むにあらされども、賞爵正しくするを治平の政とおもへるは不可なり、賞爵は已むとを得ずして用ふ、必とするにあらず、三皇五帝は賞せず爵せず、民善を樂しみて惡をしらず、至德至治の世なり、夏后氏は爵して賞せず、堯舜至治の代に續げり、天下なべて善人なれば賞すべからず、中に勝れたるを賞する時は無心の民に利心を生じ、利心を導き惡のきざしをなせばなり、萬人に一人常を亂るものあれば刑するのみ、是禹大智にして世事を行ひ給へり、湯王は賞して爵せず、夏の末惡王出て風俗をみだり民不善にならへり、惡人多ければ爵擧て盡すべからず、故にたま〳〵善人あれば是を賞す、惡人をすておく事知らざるがごとくし、仁政を行ひ教を立る、是直を擧げ枉れるをすておきて、枉れるものを直からしむるの政なり、後世は是に中る時多し、大道廢たれて賞爵並び行はる、德のおとろへたるなり、造化の神功を助けざる事久し、
新字:十八賢君仁政中興の事、 (問)今賢君我邦を中興し給はゞ儒道を用ひ給ふべきか、 (答)中興の主何ぞ儒仏に倚給はん、唯賢君の仁政にて儒も仏も其中に養はるべきのみ、堯曰く允執其中と時にあたりてなすべき至善あり、然るに中とのたまふものは私心なくよる所なく、天理にしたがひて時所位の当然を執行ふなり、 (問)何をか私心のよる所のといふ、 (答)大君諸侯の中を執る事あたはざる心病あり、一には我を立て人の善を取らず、二には下問を恥ぢて問とをこのまず、故に知る事狭くして人情事変をしらず、政事可にあたらずして人民の嘆きあり、苦みあり憤りありて、天地神明を驚し造化をそこなへり、人道は造化を助るものなるに、却てさまたぐる時は天災地妖生し、人疾病多し、甚くしては言路を閉、謗を戒しむ、此の如くなれば凶乱遠からず、三には儒をこのみ仏を好み神をこのむ、此三ツは善なれ共かたよる時は政に害あり、儒は王道の跡なりといへども、今の儒は己を是とし彼を非とするのみ、徳を知らざれは一流の学者なり、小徳は川流のごとし、大徳の敦化に非す、四には賞爵にかたより吟味つよく爵多きは天地の生意を害す、人心安からず好て賞するもよからす、賞其功にあたらざるものあり、必しも賞爵を好むにあらされども、賞爵正しくするを治平の政とおもへるは不可なり、賞爵は已むとを得ずして用ふ、必とするにあらず、三皇五帝は賞せず爵せず、民善を楽しみて悪をしらず、至徳至治の世なり、夏后氏は爵して賞せず、堯舜至治の代に続げり、天下なべて善人なれば賞すべからず、中に勝れたるを賞する時は無心の民に利心を生じ、利心を導き悪のきざしをなせばなり、万人に一人常を乱るものあれば刑するのみ、是禹大智にして世事を行ひ給へり、湯王は賞して爵せず、夏の末悪王出て風俗をみだり民不善にならへり、悪人多ければ爵挙て尽すべからず、故にたま〳〵善人あれば是を賞す、悪人をすておく事知らざるがごとくし、仁政を行ひ教を立る、是直を挙げ枉れるをすておきて、枉れるものを直からしむるの政なり、後世は是に中る時多し、大道廃たれて賞爵並び行はる、徳のおとろへたるなり、造化の神功を助けざる事久し、
書き下し
十八賢君仁政中興の事、 (問)今賢君我邦を中興し給はゞ儒道を用ひ給ふべきか、 (答)中興の主何ぞ儒佛に倚給はん、唯賢君の仁政にて儒も佛も其中に養はるべきのみ、堯曰く允執其中と時にあたりてなすべき至善あり、然るに中とのたまふものは私心なくよる所なく、天理にしたがひて時所位の當然を執行ふなり、 (問)何をか私心のよる所のといふ、 (答)大君諸侯の中を執る事あたはざる心病あり、一には我を立て人の善を取らず、二には下問を恥ぢて問とをこのまず、故に知る事狹くして人情事變をしらず、政事可にあたらずして人民の歎きあり、苦みあり憤りありて、天地神明を驚し造化をそこなへり、人道は造化を助るものなるに、却てさまたぐる時は天災地妖生し、人疾病多し、甚くしては言路を閉、謗を戒しむ、此の如くなれば凶亂遠からず、三には儒をこのみ佛を好み神をこのむ、此三ツは善なれ共かたよる時は政に害あり、儒は王道の跡なりといへども、今の儒は己を是とし彼を非とするのみ、德を知らざれは一流の學者なり、小德は川流のごとし、大德の敦化に非す、四には賞爵にかたより吟味つよく爵多きは天地の生意を害す、人心安からず好て賞するもよからす、賞其功にあたらざるものあり、必しも賞爵を好むにあらされども、賞爵正しくするを治平の政とおもへるは不可なり、賞爵は已むとを得ずして用ふ、必とするにあらず、三皇五帝は賞せず爵せず、民善を樂しみて惡をしらず、至德至治の世なり、夏后氏は爵して賞せず、堯舜至治の代に續げり、天下なべて善人なれば賞すべからず、中に勝れたるを賞する時は無心の民に利心を生じ、利心を導き惡のきざしをなせばなり、萬人に一人常を亂るものあれば刑するのみ、是禹大智にして世事を行ひ給へり、湯王は賞して爵せず、夏の末惡王出て風俗をみだり民不善にならへり、惡人多ければ爵擧て盡すべからず、故にたま〳〵善人あれば是を賞す、惡人をすておく事知らざるがごとくし、仁政を行ひ教を立る、是直を擧げ枉れるをすておきて、枉れるものを直からしむるの政なり、後世は是に中る時多し、大道廢たれて賞爵並び行はる、德のおとろへたるなり、造化の神功を助けざる事久し、
現代語訳
十八 賢君が仁政で国を中興することについて。 問う。今、賢君がわが国を中興なさるなら、儒道をお用いになるべきか。 答える。中興の君主が、どうして儒教や仏教に頼るだろうか。ただ賢君が仁政を行えば、儒も仏もその中で自然に養われるだけである。堯は「まことにその中を執れ」と言った。時に応じて行うべき至善があるのだ。そして「中」というのは、私心がなく、偏った拠り所がなく、天理にしたがって、時・所・位にふさわしいことを行うことである。 問う。何を私心や拠り所というのか。 答える。大君や諸侯には、中を執れなくさせる心の病がある。第一に、自分を立てて人の善を取り入れないこと。第二に、目下の者に問うのを恥じて、質問を好まないこと。そのため知るところが狭く、人情や世の変事を知らず、政治が当を得ない。人民に嘆き・苦しみ・憤りが生じ、天地の神々を驚かせ、造化(自然の働き)を損なう。人の道は造化を助けるものなのに、かえって妨げるときは、天災や怪異が起こり、病人も多くなる。ひどければ言路を閉ざし、批判を戒める。こうなると凶事や乱は遠くない。第三に、儒を好み、仏を好み、神を好むこと。この三つは善いものだが、偏ると政治に害がある。儒は王道の跡ではあるが、今の儒者は自分を是とし他を非とするだけである。徳を知らなければ、一流派の学者にすぎない。小徳は川の流れのようなもので、万物を厚く育てる大徳の働きではない。第四に、賞や爵位に偏り、吟味が厳しく、爵位が多いこと。これは天地の生きる気を害する。人心は安まらず、好んで賞するのもよくない。賞がその功に当たらないこともある。必ずしも賞爵を好むわけではなくても、賞爵を正しく行うのが太平の政治だと思うのは不可である。賞爵はやむをえず用いるもので、必須ではない。三皇五帝は賞も爵もせず、民は善を楽しんで悪を知らなかった。至徳至治の世である。夏后氏(禹)は爵は与えたが賞はせず、堯舜の至治の世を継いだ。天下がすべて善人なら、賞すべきではない。その中の優れた者を賞すれば、無心の民に利を求める心が生じ、利心を導いて悪の兆しをつくるからだ。万人に一人、常を乱す者があれば、刑するだけである。これは禹が大いなる知恵をもって世の事を行ったのである。湯王は賞したが爵はしなかった。夏の末に悪王が出て風俗が乱れ、民が不善に染まったからだ。悪人が多ければ、爵を挙げ尽くすことはできない。そこでたまたま善人があればこれを賞する。悪人は捨て置いて知らぬかのようにし、仁政を行い、教えを立てる。これは、正直な者を挙げ、曲がった者を捨て置いて、曲がった者を正しくさせる政である。後世にはこれに当たる(賞爵を用いる)場合が多い。大道が廃れて賞爵が並び行われるのは、徳の衰えである。造化の神功を助けないことが久しい。
解説

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