大学或問 / 『大学或問』言路の開閉と治乱の先知
(問)國天下の治亂存亡吉凶の先知ありや、 (答)有、古今和漢のためしを考るに、言路開通するときは治り、塞さがり閉づる時は亂る、言路は君王愚にしてはふさがるゝ事なく、智ありては皆塞るゝものなり、故に云睽〔易の卦名〕の上九は離なり、離は諸卦にありては明とす、獨り睽に於て變じて惡となれり、其故は陽を以て上に在ときは亢とす、剛を以て在ときは狼とす、明を以て上にあれば變じて察となる、狼を以てし察を以てするは睽の極なり、離火は上行し、兌澤は下行す、言路とぢて上下の情通ぜざるの象なり、上下の情通ぜざる時は天下の心はなるゝなり、天下の人心はなるゝは君なきの象也、是大亂の本なり、君上自己の察に任して國天下の謗を忌み、諫言をはゞみて致す所なり、諫臣を殺せば必ず其國を亡す、切直の言は人臣の理にあらず、國家の福なりといへり、故に誹謗を罪し、忠良の切言胸中に欝するは、秦の天下を失ふ所なり、高祖〔漢天子〕は善を納れ諫にしたがふ、天下の智を合せて天下の威を合す、孝文〔高祖中子前漢第三主〕加るに恭儉を以てして天下平なり、孝武〔孝文孫前漢第五主〕忠諫を好み至善を悅ぶ、是四百年〔前後漢の世凡四百年〕の久をたもつ所の基本なり、君上明察なるときは罰多し、是天道にあらず、陽は常に大夏に居て生育を以て事とす、陰は常に大冬に居て空虛不用の所に積るといへり、是を以て天道は仁德に任じて、刑罰に任ぜざることを知るべし、天人の際甚だ恐るべし、國家道を失ふの敗あらんとする時は天災害を生して譴告す、災害とは風水等の難なり、未ださとらざる時は怪異を出して驚惧せしむ、怪異は神人非常の變なり、猶いまださとらざる時は傷敗至るといへり、是天道人君を仁愛して禍亂を止んとする所なり、賞爵を嚴にするは道もとより行はれざればなり、道行はるゝときは衣にゑがき、章服を異にして民禁を犯さずといへり、禮樂は人民の服する所なり、直きを擧げて曲れるをすておく時は、恥る心生じて曲れるもの直からしむるとは王道の寛仁なり、
新字:(問)国天下の治乱存亡吉凶の先知ありや、 (答)有、古今和漢のためしを考るに、言路開通するときは治り、塞さがり閉づる時は乱る、言路は君王愚にしてはふさがるゝ事なく、智ありては皆塞るゝものなり、故に云睽〔易の卦名〕の上九は離なり、離は諸卦にありては明とす、独り睽に於て変じて悪となれり、其故は陽を以て上に在ときは亢とす、剛を以て在ときは狼とす、明を以て上にあれば変じて察となる、狼を以てし察を以てするは睽の極なり、離火は上行し、兌沢は下行す、言路とぢて上下の情通ぜざるの象なり、上下の情通ぜざる時は天下の心はなるゝなり、天下の人心はなるゝは君なきの象也、是大乱の本なり、君上自己の察に任して国天下の謗を忌み、諫言をはゞみて致す所なり、諫臣を殺せば必ず其国を亡す、切直の言は人臣の理にあらず、国家の福なりといへり、故に誹謗を罪し、忠良の切言胸中に欝するは、秦の天下を失ふ所なり、高祖〔漢天子〕は善を納れ諫にしたがふ、天下の智を合せて天下の威を合す、孝文〔高祖中子前漢第三主〕加るに恭倹を以てして天下平なり、孝武〔孝文孫前漢第五主〕忠諫を好み至善を悦ぶ、是四百年〔前後漢の世凡四百年〕の久をたもつ所の基本なり、君上明察なるときは罰多し、是天道にあらず、陽は常に大夏に居て生育を以て事とす、陰は常に大冬に居て空虚不用の所に積るといへり、是を以て天道は仁徳に任じて、刑罰に任ぜざることを知るべし、天人の際甚だ恐るべし、国家道を失ふの敗あらんとする時は天災害を生して譴告す、災害とは風水等の難なり、未ださとらざる時は怪異を出して驚惧せしむ、怪異は神人非常の変なり、猶いまださとらざる時は傷敗至るといへり、是天道人君を仁愛して禍乱を止んとする所なり、賞爵を厳にするは道もとより行はれざればなり、道行はるゝときは衣にゑがき、章服を異にして民禁を犯さずといへり、礼楽は人民の服する所なり、直きを挙げて曲れるをすておく時は、恥る心生じて曲れるもの直からしむるとは王道の寛仁なり、
書き下し
(問)國天下の治亂存亡吉凶の先知ありや、 (答)有、古今和漢のためしを考るに、言路開通するときは治り、塞さがり閉づる時は亂る、言路は君王愚にしてはふさがるゝ事なく、智ありては皆塞るゝものなり、故に云睽〔易の卦名〕の上九は離なり、離は諸卦にありては明とす、獨り睽に於て變じて惡となれり、其故は陽を以て上に在ときは亢とす、剛を以て在ときは狼とす、明を以て上にあれば變じて察となる、狼を以てし察を以てするは睽の極なり、離火は上行し、兌澤は下行す、言路とぢて上下の情通ぜざるの象なり、上下の情通ぜざる時は天下の心はなるゝなり、天下の人心はなるゝは君なきの象也、是大亂の本なり、君上自己の察に任して國天下の謗を忌み、諫言をはゞみて致す所なり、諫臣を殺せば必ず其國を亡す、切直の言は人臣の理にあらず、國家の福なりといへり、故に誹謗を罪し、忠良の切言胸中に欝するは、秦の天下を失ふ所なり、高祖〔漢天子〕は善を納れ諫にしたがふ、天下の智を合せて天下の威を合す、孝文〔高祖中子前漢第三主〕加るに恭儉を以てして天下平なり、孝武〔孝文孫前漢第五主〕忠諫を好み至善を悅ぶ、是四百年〔前後漢の世凡四百年〕の久をたもつ所の基本なり、君上明察なるときは罰多し、是天道にあらず、陽は常に大夏に居て生育を以て事とす、陰は常に大冬に居て空虛不用の所に積るといへり、是を以て天道は仁德に任じて、刑罰に任ぜざることを知るべし、天人の際甚だ恐るべし、國家道を失ふの敗あらんとする時は天災害を生して譴告す、災害とは風水等の難なり、未ださとらざる時は怪異を出して驚惧せしむ、怪異は神人非常の變なり、猶いまださとらざる時は傷敗至るといへり、是天道人君を仁愛して禍亂を止んとする所なり、賞爵を嚴にするは道もとより行はれざればなり、道行はるゝときは衣にゑがき、章服を異にして民禁を犯さずといへり、禮樂は人民の服する所なり、直きを擧げて曲れるをすておく時は、恥る心生じて曲れるもの直からしむるとは王道の寛仁なり、
現代語訳
問う。国や天下の治乱・存亡・吉凶を、あらかじめ知ることはできるか。 答える。できる。古今の和漢の例を考えると、言路(意見の通る道)が開き通じているときは治まり、塞がり閉じるときは乱れる。言路は、君主が愚かであれば塞がることはなく、智があるとすべて塞がるものである。そこで、易の睽の卦の上九は離である。離は他の卦では明とされるが、睽においてだけ変じて悪となる。その理由は、陽が上に居るときは亢(高ぶり)とし、剛でいるときは狼とし、明で上にあれば変じて察(細かい詮索)となるからだ。狼をもってし、察をもってするのは睽の極みである。離の火は上に昇り、兌の沢は下に流れる。言路が閉じて上下の情が通じない象である。上下の情が通じなければ、天下の心は離れる。天下の人心が離れるのは、君がいない象である。これが大乱のもとである。君主が自分の察に任せて国や天下の非難を忌み、諫言をはばむことで招くところである。諫める臣を殺せば、必ずその国を滅ぼす。率直な言葉は臣下の理ではなく、国家の福である、と言われる。だから誹謗を罪にし、忠義の良臣の切実な言葉が胸中に鬱積したことが、秦が天下を失った原因である。高祖(漢の天子)は善を受け入れ諫めに従い、天下の智を合わせて天下の威を合わせた。孝文(高祖の中の子、前漢の第三の主)は、さらに恭倹をもって天下を平らかにした。孝武(孝文の孫、前漢の第五の主)は、忠諫を好み、至善を喜んだ。これが四百年(前漢と後漢の世、およそ四百年)の長きを保った基である。君主が明察であれば罰が多い。これは天の道ではない。陽は常に真夏に居て生み育てることを事とし、陰は常に真冬に居て空虚で用いられない所に積もる、と言われる。これによって、天の道は仁徳に任せ、刑罰には任せないことを知るべきである。天と人の間は非常に恐るべきものである。国家が道を失って敗れようとするとき、天は災害を起こして戒めを告げる。災害とは、風水などの難である。それでもまだ悟らないときは、怪異を出して驚き恐れさせる。怪異とは、神や人にかかわる常ならぬ異変である。それでもなお悟らないときは、傷み敗れることが至る、と言われる。これは天道が人君を愛し、禍乱を止めようとする所以である。賞や爵位を厳しくするのは、道がもとより行われていないからである。道が行われているときは、衣に絵を描き、服の章を異にしただけで民は禁を犯さない、と言われる。礼楽は人民が従うところである。正直な者を挙げて曲がった者を捨て置くとき、恥じる心が生まれて、曲がった者が正しくなるとは、王道の寛仁である。
解説

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